敢えて「ジャパルトヘイト」を擁護する --- 山城 良雄

2015年03月01日 13:58

はっきり言う。ワシは右翼が大嫌いや。どれぐらい嫌いかと言うと……左翼と同じぐらい嫌いや。政治や社会を考える時に、どこかから理想を持ってきて、現実を無理矢理に誘導しようという思想には、強い嫌悪を感じる。押しつけがましさがウザイ。

非武装中立でも、大東和共栄圏でも、格差是正でも、美しい国でも、脱原発でも、「なんでそれを望むのか」とか、「どんなメリットやデメリットがあるのか」を説明もせずに、いきなり理想として振り回す。ホンマ、うっとうしいで。


特に、サポーターの拍手を意識して、言動の過激さを競うようなやつら、一番、嫌いや。大はイスラム国、小はヘイトスピーチ、「今、日本一いじられているキリスト教徒」の曾野綾子はんなども、その典型や。

今回の騒ぎ、最初はザマアミロてな感じで見ていたが、ろくに本人の言い分を聞かずに、人種差別主義者のレッテルを貼って叩きまくっているのは、まるで、いつもの曾野綾子はんのやり方やがな。

強烈に批判している人に小田島隆はんがいる【日経ビジネスON LINE 小田島隆のア・ピース・オブ・警句(要無料会員登録)「日本代表監督に譲れない条件」の後半部分】。冷静な皮肉屋という芸風の小田島はんが、「頭の中にどんな味噌が入っていたらそういう発想が浮かぶのだろう」。相当、怒ってはる。

20年前にも同じアパルトヘイトの話で、曾野はんは、小田島はんからボロクソに批判されたあげく、ババアとまで言われている(「「罵詈罵詈-11人の説教強盗へ-」洋泉社1995.4.1)。

アパルトヘイト、基本的には白人対黒人の問題や。東洋人から見れば、とりあえず他人事のはずや。それを敢えて「政治的に正しくない」方向から踏み込んでいくのは、よほどの信念やで。20年来の持論なんやろな。

その持論、今回のコラムを読む限り、外国人労働者を受け入れても居住だけは人種ごとに「分けて住む方がいい」ということに尽きる。他には、高齢者の介護には「ある程度の日本語」も衛生上の知識もいらないとか、「不法滞在という状態を避けなければ、移民の受け入れも、結局の所は長続きしない」とか、無茶な断定や、意味の分からん議論を書いてはるが、とりあえず一旦放っておく。

炎上が始まってから、「個人の経験を書いただけ」と弁解してはるが、そうとは思えん。同じコラムの直前にこんなことを書いてはるからや。「(高齢者介護などに移民労働者の受け入れは仕方ないが)、移民としての法的身分は厳重に守るように制度を作らねばならない。(納得して日本に来ているのだから、それを守らせることは)、何ら非人道的なことではない。」

例によって分かりにくい表現で、サラっと書いてはるから見落とすかも知れんが、ここで言う「法的身分を守る」というのは、移民の人権を守るという方向の話では無く、自由の制限という意味やろ。「法的身分を厳重に守る」というよりは、「分際を厳重に守らせる」と書いたほうが正確や。

住居の問題なら「分けて住む」のやなくて、「分けて住ませる」のやな。何しろ、もし納得してない人間に適応したら「非人道的」「身分」かも知れんというんやから、恐ろしい話や。ジャパルトヘイトとしか思えんがな。

おそらく、移民居住区(ゲットーのようなもの)を設けて隔離するつもりなんやろ。移民の人権問題はともかく、「ゲットーから通ってくる日本語も衛生知識もろくにない人」に介護される高齢者は、たまったもんやないで。

「(介護する人は)優しければそれでいい」とも言わはるが、露骨に差別されてなお優しさを保てるとしたら、もはや出稼ぎというより慈善活動やがな。今後、我が国の福祉は、近隣国の若い女性たちの慈悲の心が頼りかいな。

「アパルトヘイトを提唱」という言葉自体、わしのような凡人には思いもつかんが、曾野はんは否定するためにせよ、ポロっと書いてはる。ホンネなんやな(さっきの「非人道的」も同じ)。ちなみに、南アフリカ政府からの批判は、同国の過去の人種差別を擁護したことに対してやが、なんのなんの、差別擁護どころか差別提唱やないか。

と、ここまで書いた上で敢えて言うが、ワシはもっと、曾野はんの「ジャパルトヘイトのススメ」を聞いてみたい。別に、せせら笑うためでも、批判するためでも、ましてやアゴラのネタにするためでもない、しっかり考えるためや。

よく、「差別された人にしか本当の差別は見えない」というが、「差別をする人」の視点は無視か。「なぜ差別をするのか」「それによって社会がどんな利益を得ているのか」「平等になって、どんなことに困っているか」こういう議論も必要やろ。少なくとも、本気で差別を廃絶する気なら、絶対に分析しておかなあかんテーマや。

別の論点もある。自由意思での分離居住。都市の一角に、移民が民族ごとに固まって住むのは昔からよくある。生まれる子供が伝統や文化の中で育つのも悪い話やない。

以前、教えていた生徒に中華街から通ってくる子がいたが、自分のルーツや家族に、はっきりとしたアイデンティティーを持っているようで、ある意味でうらやましかった。もし、ワシが移民になる(国外追放か?)なら、子育ては日本人街でしたい。

一方、集住は部落問題に似た差別の温床になりがちや。手放しで賞賛できるもんでもない。こういう複雑な議論には、多くの事例をもとにした研究が必要や。

20年来にわたって南ア社会を見てきた日本人はあまりおらん。増してや曾野はんは作家や。差別されていた黒人の声よりも更に表に出にくい、差別していた白人の心情や言い分、しっかりと活字に残して欲しい。

炎上騒ぎがイヤなら、フィクションの形でもええ。差別する側の心を語って欲しい。曾野はん、今の日本では、あんたにしか出来ないことや。バッシングで沈黙しはるのは、なんとも惜しいがな。

自分にとって許せないと思うような意見にも耳を傾け、発表の権利を可能な限り擁護する……大事なことやと思う。現在ワシは、人種差別は良くない思っておるが、もしかしたら必要悪か、あるいは素晴らしいものなのかもしれないという可能性(皆無とは思うが)に、目をつぶる気はない。とにかく、いろんな意見を聞いてみたい。

最初の話に戻る。ワシが右や左を好きになれんのは、この点に無神経な連中が多すぎるからや。以前、小学校の卒業式に日の丸・君が代を持ち込むことに反対する集会で、「もし、自分の卒業を国旗と国歌で祝って欲しい生徒がいたら、どうするの」と聞いたら、「そんなもん、自分のうちで勝手にやっとけ」と、全共闘あがりの教師はねつけられた。

「こいつら絶対、支持されんやろな」と思っていたら、翌年から日の丸が上がり、翌々年から君が代が鳴り響いた。自分はかなり左っぽい人間やと思うが、左翼活動家が大嫌い、というのはこういう経験が大きいと思う。右も同様や。とにかく、お前らウザイ。

もし、この感覚を少しでも共感してくれる人がいたら、ひとつお願いしたいことがある。入学式や卒業式で、日の丸・君が代に嫌悪を感じる生徒や保護者に、どんな配慮ができるのか、考えてみて欲しい。そして、曾野はんのジャパルトヘイト論にも、ワシと一緒に耳を傾けてみてくれ。

今日はこれぐらいにしといたるわ。

帰ってきたサイエンティスト
山城 良雄

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