【GEPR】環境リスクを最小化してはいけない:『気候カジノ』

池田 信夫

これは2015年3月24日の記事ですが、ノードハウスがスウェーデン国立銀行賞(ノーベル経済学賞)を共同受賞したので再掲します。彼の業績は「気候変動の問題を長期的な成長理論に取り入れた」こととされていますが、それは「地球温暖化のリスクを最小化しろ」という話ではなく、温暖化のリスクとその対策のコストのバランスを考える慎重論です。

気候カジノ 経済学から見た地球温暖化問題の最適解
ウィリアム・ノードハウス
日経BP社
★★★★★

当たり前のことだが、エネルギー政策は経済問題である。「金か命か」という宗教問題でもなければ、原子力村と反原発派の政治問題でもない。したがって「原子力の比率は何%にすべきか」などという問題はナンセンスであり、その目的は環境リスクをいかに最適化するかである。

これは「最小化」ではない。リスクを最小化するには経済成長をやめればいい。本書はそういう宗教的なエネルギー論議ではなく、気候変動を予測するシミュレーションにもとづいて、価格メカニズムによって最小のコストで(経済成長を維持しながら)気候変動を防ぐ政策を考えるものだ。

まず問題なのは気候変動のリスクをどう評価するかだが、著者はおおむねIPCCの予想に従って、2100年までに2~4℃の地球温暖化が起こると仮定する。これによって起こる問題は海水面の上昇や異常気象などが考えられるが、その不確実性は大きく、変動をゼロにすることは不可能だ。

そこで考えられる方法は排出権取引炭素税だが、著者はどちらの選択肢もありうるという。国際協調によってCO2の上限を決めることが可能なら前者が有効だが、現状ではとてもそういう合意が可能とは思われない。したがって後者で試行錯誤していくしかないが、それは一種の賭けである。

どういう電源構成になるかは、その結果として決まることだ。現在の技術を前提にしたシミュレーションで、著者は2050年におけるアメリカの電源構成を次のように予想する:

  • 既存の古い石炭火力や天然ガス火力はほぼなくなる
  • 原発は現状(11%)からやや増える
  • CCS(炭素削減技術)つきの新しい石炭・ガス火力が半分近くになる
  • 風力が1/4近くになる
  • その他の再生可能エネルギーが1/4近くになる

この比率がどうなるかはコストによる。原子力はアメリカの現在の規制では不利だが、高率の炭素税がかかると有利になる。CO2を大きく減らすには、トン当たり150ドルから500ドルの炭素税が必要で、最大値を達成するには、現在の火力発電所の7割を交換する必要がある。

もっとも効率的に温暖化を防ぐ技術は、大気中に太陽光をさえぎる物質を散布する地球工学だが、それ以外にもいろいろなイノベーションは考えられる。気候変動の影響は不可逆なので楽観できないが、人類の終わりが来るわけではない。それを解決する最善の方法は、新たな技術を開発する経済成長である。

いずれにせよ、もう感情論や神学論争をやめて、科学と経済学でエネルギー政策を考えるときだ。本書はこの分野の世界的権威があらゆる論点を尽くしており、これという「最適解」は出していないが、立場の異なる人々の議論する共通のプラットフォームになろう。