株価2万円回復と賃上げ --- 井本 省吾

アゴラ

10日の東京株式市場で日経平均株価が一時2万円の大台を回復した。2000年4月以来、ほぼ15年ぶりだ。2014年末の安倍政権誕生以来の2年半で2・3倍、欧米の1・5~1・7倍に比べ上昇幅が大きい。


世界的な金融緩和に足並みをそろえた日銀の異次元緩和、公的年金の株買い、円安といった材料が海外投資家を引き付けているが、業績改善に伴う株主還元、海外企業の買収などの企業の積極策に加え、賃上げ→消費回復という動きも株価上昇を後押ししている。

その証拠に昨年後半以来、株高を牽引している銘柄にはカジュアル衣料品店「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングや無印良品の良品計画、花王、味の素、オリエンタルランドなど個人消費を中心に内需関連株が目立つ。

春の賃上げや夏のボーナス増加による消費拡大を期待して株価を押し上げているのだ。それは1990年代以来のデフレ脱却への期待とないまぜになっている。

著書「21世紀の資本」で有名なパリ経済学校教授トマ・ピケティ氏が日本のデフレ脱却について、日本経済新聞記者の質問に対して、大要こう答えている(日経朝刊2月1日付)。

インフレをつくり出すのに、金融緩和だけでは十分ではない。お札を刷っても、消費や設備投資に回る保証はない。消費者物価の上昇ではなく、資産インフレを招きかねない。安倍政権の経済政策『アベノミクス』は株式や不動産のバブルを生むリスクをはらんでいる。肝心の物価の上昇を実現するには、金融を緩和すると同時に賃金の上昇を果たす必要がある

安倍首相は直接、ピケティ氏の「講義」を聞いたわけではないだろうが、ピケティ氏の指摘に応える形で、産業界に賃上げを働きかけてきた。その結果、大手企業を中心にこぞってベースアップの引き上げに動いている。

政労使の合意に基づくこうした動きは「官製賃上げだ!」と、自由市場論者の間で評判が悪い。だが、日本は戦後、政労使の合意によって春闘が効率よく決着してきた歴史を持つ。「鉄の一発回答」がその代表だ。

戦後の貧しい時期、労使対立は激しく、ストライキ突入などから産業活動の停滞が長期化することが少なくなかった。それを改善したのが当時「産業のコメ」として経済界の大黒柱になっていた新日鉄(現・新日鉄住金)を筆頭とする鉄鋼業界の労使交渉だった。そこには自民党政権の要請もあり、労使ともに経済動向を勉強し、数字をすり合わせて検討、だらだら交渉を引き延ばすことなく、一発で賃上げを決めた。

それが基準相場となり、各業界に伝播したから、春闘は短期間で終了、生産性を維持の向上と景気拡大に役立った。もちろん、高度成長期で給与分配のパイが拡大していたという順風が大きかったが、労使の円滑な情報交換と交渉=妥協が、経済効率と国民の生活向上に役立ったのは確かだろう。

その証拠に低成長期に入ってからも、春闘の効率は高かった。低成長、デフレ下では賃上げ原資が乏しいことを労働側が理解していたからで、組合が譲歩する形での定率(ゼロ)賃上げがふえた。最近は春闘も、もはや意味がない、春闘の終焉とも言われてきた。

同時に、大企業労組は自分たちの既得権の維持にいそしみ、中小企業や増え続ける非正規労働者の生活を考えていないという批判にさらされてきた。

しかし、政労使合意による賃上げがデフレ脱却と消費景気回復を促し、結果としてデフレ脱却につながるのは確かで、ピケティ氏の指摘にも沿っている。

株価の2万円台回復はその証左だろう。株価は欧米、中国などの景気動向、為替などに左右されるから、今後も高値を維持できるかどうか、わからないが、賃上げなどを軸とする国内要因は当面根強く、少なくとも今年いっぱいは2万円超を維持するのではないか。

11日付け日経朝刊によると、年内にはさらに1割程度(2万2000円まで)の上昇が見込めるという強気論が広がっているという。


編集部より:この記事は井本省吾氏のブログ「鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌」2015年4月12日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった井本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌をご覧ください。