決断を迫られる教会の「運命の日」 --- 長谷川 良

アゴラ

ローマ・カトリック教会総本山のバチカン法王庁で10月4日から25日まで、通常の世界司教会議(シノドス)が開催される。それに先立ち、バチカンは昨年10月5日から19日まで特別世界司教会議(シノドス)を開き、「福音宣教からみた家庭司牧の挑戦」ついて協議してきた。通常シノドスでは、特別シノドスの議題について、継続協議が行われる。作業ペーパーと質問事項は既に世界191カ国の司教会議議長宛てに送付済みだ。


P4050047
▲雨が降る中のサンピエトロ広場の復活祭(オーストリア国営放送の中継から、2015年4月5日、撮影)

通常シノドスでは単に協議するだけではなく、なんらかの決定が下される予定だが、例えば、再婚・離婚者への聖体拝領問題では司教の間で意見が割れているだけに、最悪の場合、教会が分裂する危険すら排除できない。

フランシスコ法王は2013年3月に就任後、歴代法王たちからみれば羨まれるほど教会内外で人気が高い。贅沢を戒め、法王パレスに住むことを嫌い、ゲストハウスのサンタマルタに住み続ける法王は“貧者の聖人”と呼ばれたアッシジの聖フランシスコの歩みとダブって見えるほどだ。

南米出身のローマ法王には結構失言が多い。「兎の話」を思い出してほしい。フランシスコ法王は1月19日、スリランカ、フィリピン訪問後の帰国途上の機内記者会見で、随伴記者団から避妊問題で質問を受けた時、避妊手段を禁止しているカトリック教義を擁護しながらも、「キリスト者はベルトコンベアで大量生産するように、子供を多く産む必要はない。カトリック信者はウサギ(飼いウサギ)のようになる必要はないのだ」と発言し、大家族の信者たちから「われわれはうさぎのように子供を多く産んでいるのではない」といった強い反発の声が上がったことはまだ記憶に新しい。

もし、ドイツ人の前法王べネディクト16世があのような発言をすれば、メディアばかりか信者たちから激しいバッシングを受けることは必至だろう。しかし、フランシスコ法王の場合、笑顔で少し説明すれば、失言も法王の気さくな性格の反映と理解され、ネガティブには受け取られない。これはフランシスコ法王の人徳だけではないだろう。南米出身の法王に教会信者たちが期待しているからだ。

それでは「何」を期待してるのか。教会の抜本的刷新であり、バチカン法王庁の機構改革だ。教会のドグマと時代の潮流が合致できるように教会を主導してほしいのだ。フランシスコ法王就任後、その淡い期待を抱きながら、信者たちは2年間も法王のパフォーマンスに付き合ってきたのだ。

しかし、拍手喝さいがいつまでも続く保証はない。フランシスコ法王が10月の通常シノドスで信者たちの期待に応じて教会の刷新に乗り出すか、それとも期待外れに終わるかで、法王の人気ばかりか、教会の運命も大きく変わるだろう。信者たちの期待が大きいだけに、それに応じることができない場合、失望も一層深まることになる。

ところで、10月の通常シノドスを半年後に控えた今日、2つの象徴的な出来事が報じられている。一つは、チリのカトリック教会サンチャゴ大司教リカルド・エザティ・アンドレロ枢機卿がイエズス会出身のJorge Costadoat Carrasco神学教授の教職を禁止したのだ。その理由は、同教授が再婚・離婚者への聖体拝領を容認したり、同性愛者を承認する説教をしたからだ。同教授は「再婚・離婚者への聖体拝領拒否は福音の真理を偽るものだ」と表現している。

チリ教会のニュースを読んだとき、「法王の不可謬説」を否定したたため、1979年、当時のローマ法王ヨハネ・パウロ2世から聖職を剥奪された世界的神学者ハンス・キュンク教授のことを思い出した。

チリ教会はフランシスコ法王出身のアルゼンチンと同様、南米教会であり、教職を剥奪された神学教授は法王が所属していたイエズス会出身だ。そのチリ教会で、教会の教えに反するとして神学教授の教職資格が剥奪されたのだ。この決定にフランシスコ法王が全く関与していないとは考えられない。

2つ目は、同性愛問題に関連するテーマだ。イタリアのメディアが11日、報じたところによると、今年1月に駐バチカン大使に任命された仏外交官Laurent Stefaniniが同性愛者ということでバチカン側から信任を拒否されているというのだ。バチカン側はこの件ではこれまで正式には何も発言していないが、3か月余り、新任大使に信任状を出さないということは、バチカン側がこの人物を好ましくないと考えている証拠だ、と解釈されている。

ちなみに、同外交官(55)は敬虔なカトリック信者であり、2001年から05年まで駐バチカンの仏公使を務めているから、バチカンにとって同外交官は決して全くのニューカマーというわけではないはずだ。

同性愛者問題では、フランシスコ法王はこれまで容認発言をしていないが、寛容と慈愛で対応する姿勢を強く示唆してきた。興味深い点は、駐仏バチカン大使や同国教会では次期バチカン大使に任命された人物に対して好意的だ。イタリア日刊紙「コリエーレ・デラ・セラ」によれば、パリのアンドレ・ヴァントロワ枢機卿は2月の枢機卿会議でフランシスコ法王宛てに一通の書簡を手渡し、同外交官を擁護している。 ということは、次期大使の信任を渋っている勢力がバチカン内にいるわけだ。

今年3月で法王就任3年目がスタートした。フランシスコ法王はいつまでも人気法王の立場に甘んじていることはできない。華美な書割を準備したとしても、主演の俳優がその役割を理解して演じなければ劇は盛り上がらない。フランシスコ法王は通常シノドスで改革を貫徹するか、それとも傍聴人に留まり、信者たちを失望させるか、その歴史的な舞台の幕があと半年で開くのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年4月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。