いろたらあかん --- 山城 良雄

2015年04月27日 06:43

関西でよく使われる表現に「いろたらあかん」というのがある。直訳すれば、「さわったらダメ」という意味やが、「必要もないのに、気になって関与してしまうことを禁止する」というニュアンスが強い。「ニキビはいろたらあかん。跡が残るからな」とか、「パソコンの内部は、素人がいろたらあかん」とか言う感じやな。


アゴラにもこういう方向の話が多多見られる。たとえば、ニュースステーションの古賀はん。トンデモない論客で、まじめに原発やら外交を考えている人間には、迷惑以外に何者でもない。「I am not」と言ってもらえるアベさんがうらやましい。

問題の本質を整理しておくと、なぜ古賀はんがコメンテーターに起用されたかというと、数字(視聴率)を取るためや。では、なぜコメンテーターから降ろされたかと言うと、数字が取れんようになったから。簡単な話や。

ほいで、最終回になぜ暴走したかというと、自分がまだ数字の取れる人間であることをアピールするためやろう。そやから、古館はんにしろ、テレ朝幹部にしろ、菅官房長官にしろ、下手にいろたらあかんかった。本人、大喜びや。

特に菅はんの対応は最悪。テレ朝を呼びつけて、BPOだ、報道の公平だと叫ぶ……本人は外国特派員協会に、「お呼ばれ」してもろて、「放送法違反だ」とご満悦や。いつの間にか、権力と闘う文化人になってもうたがな。

例の最後のオンエアのときに、好きなだけしゃべらせて、「では、コマーシャルです」古館はんがと流しとけば、一瞬で終わっていた話や。いろたらあかんかったんやな。

京大の藤井はん。大阪都構想批判で橋下市長の相方を目指す評論芸人としか思えん。アゴラでは北村はんが、丁寧かつ面白い批判を書いてはるが、申し訳ないけどこれも、「いろたらあかん」人に、わざわざ手をだしてはるようにも見える。

都構想自体には大きな意味はない。大阪市民を地獄に連れて行くような大層なもんやない。だいたい、そうでなくても、ワシらみんな自力で地獄に行きまんがな。

都構想の最大の売りは、大阪市の分割による行政の効率化やろう。つまり、「大阪市を5つに分割するのと、せんのと、どっちが効率がエエか」という、本質はかなり地味な地方行政の議論や。普天間やら、原発やら、AIIBやらと比べたら、はるかに実務的な話や。

そやから、藤井はんみたいな花火を上げる論客にはなじまない議論や。ただ、橋下市長の話の持っていき方も、敵を作り注目を集めて派手に政策をぶち上げるという、いつもの手法やから、困ったモンや。

話が少し古くなる。米国内にポコポコ出来てる従軍慰安婦像。これも、いろたらあかん。冷静に考えて欲しい、慰安婦の出身地でも、慰安所の跡地でもないところに、70年前の行為を糾弾するブロンズ像を建てたところで、「変な連中が変なことをしている」と思われて終わりや。

だいたい、近所の公園の銅像の銘板をいちいち読む暇人がどれだけいるか。確かに、「日本人が酷いことをした」と思うやつもいるやろうが、何しろ大昔の地球の裏側の話や。「何で今更ここに」という違和感のほうが大きいやろう。

ところが、日系人や関係者が像の撤去を言い出したりすると、話が全く変わってくる。メディアには露出するし、議会の議論にもなる。設置者は、思う存分、自分の主張を公開できる。完全に思うつぼやがな。

「像の主張には全く同意できないが、我々日本人としては、様々な意見を様々な形で表明できるアメリカの文化に深い敬意を表明する」とでも言って、放っておけばええものを、下手に「いろた」せいで、像の意味がどんどんデカくなってしまった。

像だけやなくて、今は慰安婦問題自体が、いろたらあかん状態や。対応のしようがない。騒いでいる連中の目的は被害者救済でないことは、ハッキリしている。地球の裏側に銅像建てる金があるのに、現存被害者・遺族の特定、補償金額の算定、仮補償の実施、こういう地道な作業は、ほとんど手付かずや。

これでは、仮に日本側が全面的に謝罪して(20万人の性奴隷を認めて)も、誰にいくら保証金を払うのか、検討のしようがないがな。金額にしろ、少しでもネガティブな査定をしたら「値切っている」と言われ、逆に予想以上の金額を出したら「金で済ますのか」となるのがオチや。

文句を言うこと自体が自己目的化しているうちはまだしも、いかに派手な文句を言うかの、韓国政治家どうしの競争になり、過激さもはや義務になっておる。絶対にいろたらあかん。放っておけばエエというのではなく、放っておかなあかん。

今の韓国は、思春期のガキや。東西冷戦やら軍事独裁政権やらが終わり、経済発展(人間で言えば成長期)も一段落して、社会の精神的な基盤をつくろうとしてる時期の思想的な揺れの一貫として、過激な半日が噴出しておるんやないかな。

そやから、無茶な自己主張を自分でも制御できんようになっている。こういう時に、反論したり謝罪したりすると、余計に「自我の泥沼」に相手を追い込んでしまう。もちろん、こっちにもロクなことはない。

それにしても、いつまで続くんやろなぁ。反抗期の長さは個人差が大きい。尊敬する師匠に一喝されて5秒で終わる人もおれば、わしのように、かれこれ40年以上、反抗しとるやつもおる。韓国社会が普通のオトナになるの、数年先なのか、数千年先なのか、どっちにしろ、ワシらとしては待つより仕方ないわな。くれぐれも、いろたらあかんで。

今日はこれぐらいに、しといたるわ。

お久しぶりどす 山城 良雄

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