若者と対話できる“新しい言葉”とは --- 長谷川 良

アイルランドの同性婚の合法化を明記した憲法修正案の是非を問う国民投票の結果、支持が60%を超えた。予想外の高い支持だった。反対者は73万4000人に止まった。以下、バチカン放送独語電子版から、国民投票後のアイルランド国民の反応を紹介する。


アイルランドのローマ・カトリック教会最高指導者、ダブリンの Diarmuid Martin 大司教は同国テレビ局「RTE News」とのインタビューの中で、「国民投票の結果は社会革命を意味する」と述べ、そのショックを吐露している。そして「教会は国民、特に青年層の意識からどれだけかけ離れていたか、“現実チェック”をしなければならない」と述べている。

それだけではない。「社会革命はいま始まったわけではない。若者たちは少なくとも12年間、学校でカトリック教義を学んできた。教会が現在直面している課題は、若者たちと胸襟を開いて語り合い、その考えを理解できる“新しい言葉”を見出すことだ」と強調している。

同大司教によると、「白か黒か」の2者選択的な思考はもはや役立たない。なぜならば、若者たちの思考は「白」でも「黒」でもない。彼らは「灰色」の地帯に生き、考えているからだという。アイルランド教会は国民投票を前に信者宛に「婚姻の意味」と記した書簡を送り、反対を呼び掛けてきたが、まったく効果がなかったわけだ。そのショックは想像以上だろう。

アイルランド教会では1970年、80年代に数百件の聖職者の性犯罪が発覚し、欧州全土のキリスト教会に大きな衝撃を投じたことはまだ記憶に新しい。教会側は聖職者の未成年者への性的虐待事件を庇い、隠してきたとして厳しく批判された。多くの国民が教会をもはや信頼していないことを、今回の国民投票結果は明らかにしている。

一方、反対を支持してきた同国独立上院議員の Ronan Mullen 氏は国民投票結果について、「伝統的な家庭像が崩壊の危機に直面している」と分析している。憲法に「婚姻が性差に関係ない」と明記されることになり、同性婚は憲法が保障する権利を享受できるようになる。今回の国民投票の結果は同性婚問題だけではなく、社会全般に大きな影響を与えることは必至だ。

エンダ・ケニー首相は、「小国からの大きな福音だ」と評し、「わが国はこれまで以上に公平で寛容、自由な国となった」と喜びを表明している。同国では1993年まで同性愛者は刑法によって処罰を受ける対象だった。すなわち、犯罪者扱いだった。それが同性婚の権利を憲法に明記する国となったわけだ。国民投票結果は文字通り“社会革命”だったわけだ。

当方は大司教の、「若者たちは12年間、学校で宗教授業を受けてきた」という言葉にショックを受けた。若者たちはカトリック教会の世界観、人生観、そして家庭観を知らないのではない。良く知っているのだ。しかし、彼らの多くは教会が反対する同性婚の合法化を支持した。12年間の宗教授業は全く無駄だったのだろうか。大司教は、「若者たちと対話できる新しい言葉が必要だ」と述べたが、「新しい言葉」とは何か、具体的に何も説明していない。

南米出身のフランシスコ法王は就任後、清貧を勧め、プロトコールに拘らない新しい法王像を見せている。そのローマ法王が若い世代の心を掴むことができる“新しい言葉”を見つけ出すだろうか。「あれか」(白)、さもなければ「これか」(黒)ではなく、ひょっとしたら、「これかもしれない」(灰色)と揺れ動く世界に生きる若き世代の理解者に、78歳の高齢のローマ法王がなれるだろうか。同性婚の合法化を支持する若き世代に、「人間はこうあるべきだ」と自信をもって語り掛けることができるだろうか。アイルランドの国民投票結果は、ローマ法王に難しい課題を突き付けている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年5月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。