消費者は「囲い込み」なんかされたくない

2015年06月13日 23:05

会社の役員をやめて自分の好きな仕事だけをやらせて頂くようになってからもう3年近くになるが、一番嬉しいのは「いつも完全にユーザーの立場になって考える」事が出来るようになった事だ。勿論、会社に所属していた時から、「ユーザーの立場になりきる事が長期的に自社に最大の利益をもたらす最善の策だ」という信念は持っていたが、競争相手に勝つ為にはそうとばかりも言っていられないし、その時点でせっかく得られている利益を捨てるような提言は矢張りし難かった。

しかし、今は、何等かのレガシーを抱えたプロフィット・センターには全く属していないので、完全に自由で長期的な観点に立てる。そのような立場に立つと、世の中で日常茶飯事のように言われている「顧客の囲い込み」という言葉が「消費者の敵」のように思えてくる。昔の金持ちはほぼ公然と「お妾さん」と呼ばれる愛人を持ち、彼女たちは「囲われもの」と呼ばれたが、現在の消費者は、知らないうちに「囲われもの」にされる危機に常に直面している。

さて、私が今情熱を傾けているのは、「世界中の誰でもが、何時でも何処ででも、あらゆる情報通信サービスを安価に利用出来る」環境を作ることだが、それは、それこそが世界中のすべての人たちが等しく求めている事だと思っている故だ。

この目標は、既に7~8割方達成されつつあると言っても良く、アップルとグーグルが主要な役割を果たした「スマートフォン」と、世界各国の通信会社が主要な役割を果たした「光ファイバーとモバイル通信網」が、その主たるドライバーになっているのも間違いない。しかし、私には、その両者ともが、今や、自らの本来の役割以上のものを求めようとしているように思えてならない。

かつて、通信会社と放送会社は、全ての情報通信サービスは自分たちが担うのが当然と考えていた節がある。ところがインターネットの直実な普及が進むにつれて、彼等が支配する世界は、本来のあるべき情報通信サービス全体のほんの一部に過ぎない事が徐々に明らかになってきた。両者ともこの流れに抵抗しようとしているが、もはや勝負は見えている。

しかし、実は私には、彼等が何故それに抵抗するのかがよくわからない。電話とテレビが主役だった時代に比べると、現在および将来の人たちが情報通信システムを利用する事によって享受できるものは飛躍的に大きくなっている。「市場」という言葉で一括りにすれば、その規模は数十倍から百倍にも達するのではないかと思われる。従って、その市場を独り占めにできるなどと考える事自体が不遜だし、「その市場の重要な一角を占めるだけでも現在よりもはるかに大きいビジネスになる」事をむしろ喜ぶべきだと私は思う。

旧来の通信や放送の文化は、そもそもインターネットの文化とは根本的に相入れない。しかし、彼等がこれまで大切に育ててきたもののうちの幾つかは、新しい情報通信の世界の一角で何等かの役割を果たせるだろう。これを立派に果たす事こそが彼等の使命なのだという事を、彼等には是非考えてほしい。勿論、その上で、もし彼等が現在脚光を浴びている種々の情報通信サービスも自ら手掛けたいのであれば、グループ内に別会社を作ったり、有望なベンチャー企業に投資したりして、これまでの仕事とは一線を画した形でそれを進めればよい。

世界中の通信会社は、最近はアップルやグーグルに対する嫉妬と羨望を露わにして、「このままでは我々は Dumb Pipe になる」と言って自らの将来を悲観する。しかし、私に言わせれば、これは筋違いな話だ。

成る程、アップルやグーグルは稀有の大成功を収めたが、その周りでは、星の数程の多くの事業家たちが空しく失敗して消えていっているのだ。この世界には ”Winner takes all.” という言葉があるように、一握りの成功者の陰にはそれに数倍する失敗者がいるのが常だ。これに対し、必然的に寡占状態になる市場をベースにする通信事業者は、技術の選択さえ間違えなければ、先ず倒産する事はない。

私は、通信会社は、「誰にも負けないような安価で良質な Dumb Pipe」を提供する事を自ら標榜し、それに誇りを持つべきだと思っている。Dumbである限りはどんなサービスでもサポート出来るが、なまじ Smart だと種々のサービスとの間で不整合が生じてしまうからだ。Dumb Pipe は日本語で言えば「単なる土管屋」というようなニュアンスになるが、「土管」なしには世の中は一日ももたない。上水道、下水道、送油管、ガス管、世の中からこういうものがなくなる事は未来永劫にあり得ない。

さて、通信というものは、「種々の情報通信機器やシステムを相互に繋ぐ」事が基本的な使命だから、全ては一定の標準(プロトコール)に従って設計され運営されなければならない。OSIという国際標準機関がこのプロトコールを七つの階層に分けて定めることを提案したのを嚆矢として、現在もほぼその流れに従って、常時あらゆる分野で標準化が進められている。最下層の物理層から始まり、データリンク層、ネットワーク層、トランスポート層、セッション層、プレゼンテーション層と段々上がっていき、最上層にアプリケーション層がある。アップルやグーグルの世界はこの最上層の上に乗っているわけだ。

通信会社が最上位のアプリケーション層まで自らのシステムの中に組み入れたいと考えているように、アップルやグーグルも、本心ではもう少し下の層まで自らで設計して、「ユーザーを囲い込みたい」と思っているかもしれない。しかし、それはやってもらっては困るし、法制もそれを許さないだろう。その理由は、ユーザーは囲い込まれたくなんかなく、機器や、回線や、サービスはそれぞれに独立していて、如何なる組み合わせでも自在に選べる事を望んでいるからだ。

例えば、一軒の家をイメージしてみよう。ユーザーにとって最も望ましい環境とは、家中の至る所に色々なサイズのディスプレイがあり、それらは全て無線(WiFi)で結ばれており、どの部屋にいても、地上波TVでも、衛星TVでも、ケーブルTVでも、インターネットサービスでも、ディスクにストアされた映像でも、好きなものが好きな時に見られる事だ。その為にはディスプレイ自体は Dumb であるべきだ(そうなると安価に購入できるので、「どの部屋にもディスプレイがある」という状況も実現しやすくなる)。

そして、そのような環境を「誰でもが持っているスマートフォンで全てを自在にコントロールする」事が出来れば、ユーザーにとってパーフェクトなシステムが出来上がる。スマートフォンをコントローラにすれば、それは宅内にある機器にコマンドを送るだけでなく、遠い彼方にあるサーバー群(クラウド)にもコマンドを送ってくれるからだ(その一方で、全ての放送会社は、自らは何も金をかける事なく、即座に双方向機能を獲得する事になるので、「これまでの放送サービスにはない全く新しい数々の試み」にチャレンジする事が出来るのだから、こんな良いことはない)。

これは技術的には何も難しいことではなく、既にとっくの昔に実現していてもおかしくはないのだが、現実にはそうはなっていない。その理由は、それぞれのサービス業者や機器メーカーが、それぞれに自分の世界にユーザーを囲い込もうとし、お互いに相容れないスマートさを競い合っているからだ。

私も日本人だから、本来ならこういう事は他国に先駆けて先ず日本で実現したいところだが、現実にはむしろ日本が一番難しい国だと考えざるを得ない。元来旧守派である放送会社は、持てる政治力を駆使して色々なハードルを設けてくるだろうし、価格競争の激しい海外市場を諦めた家電メーカーは、せめて日本では高付加価値のテレビ受像機を高く売りたいと考えて、複雑な「スマートテレビ」を押してくるだろうからだ。

強力なプレイヤーたちがひしめき合ってヘゲモニー争いをする米国市場も、異なった意味で難しいだろう。そうなると、「むしろ発展途上国のほうがこういうものは早く実現出来るかもしれない」と、最近は思うに至っている。発展途上国の経営者は、「囲い込み」などという洒落たことは考えず、エンジニアのエゴ等にも一切遠慮せず、ユーザーへの売りやすさ(コスト)を何よりも重視するかもしれないからだ。

情報通信の世界は、実は簡単な少数の要素から成立している。クラウドの中に幾つかのプラットフォームがあり、その上に日々製作されているコンテンツが乗る。ユーザーは様々なディスプレイを搭載した様々な機器を持っており、これらの機器とクラウドを高速のデジタル通信回線がつなぐ。この通信回線で運ばれる信号は、それぞれのプラットフォーム毎に異なるコーディング(暗号化)のメカニズムを別にすれば、全て統一されたIP信号となり、その状況は今後数十年は続くだろう。

通信回線の物理層は、基本的に、
1)光ファイバー(当面は同軸ケーブルも一定の役割を果たす)。
2)衛星回線。
3)LTE(当面は2G/3Gも一定の役割をはたす)。
4)WiFi(IOT用にはZigBeeの様な小容量省電力の無線も必要となる)。
の四つの要素で形成される。以上であり、それが全てだ。

私が今、世界中の全てのサービス事業者や技術者にお願いしたいのは唯二つの事だ。一つは、「どうか真にユーザーが求めている事に真摯に対応してほしい」という事、そして今一つは、「どうか技術の基本に戻り、不要なものは極力切り落としてほしい」という事。それだけに尽きる。

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