米誌「フォーブス」のサイトに投稿されたトンデモ記事

今年の3月にミス・ユニバースの日本代表に宮本エリアナさんが選出されたことを契機に、「日本社会における人種差別」というテーマが海外メディアにとりあげられました。

エリアナさんがミス・ユニバース・ジャパンに選出された時は、「心ないコメントも聞こえるけれど、ファッション雑誌のカバーを飾るモデルも大半はハーフ。エリアナさんの登場は現代の日本社会を反映している。」といった順当なあつかいだったのですが(たとえばコチラコチラ)、その後SNS上でのエリアナさんに対する一部日本人のネガティブなコメントばかりに焦点を当てたレポートばかりが出てくるようになりました(たとえばコチラ)。エリアナさん本人がインタビューに応えてポシティブな対応をみせたことで、ひとまず一件落着かと思えたのですが、G7サミットやら、ギリシャの債務問題、中國の南シナ海問題など、ドライで難しい時事トピックが続く中、美女をフィーチャーしたお手軽な穴埋め記事のような形で今月になってもBBCがとりあげており、ニューズウィークの記事に至っては、エリアナさんのミス・ジャパン選出は「一般市民の抗議(Public Outcry)」をもって迎えられたということになっているのですから、日本に対するネガティブ・スピンもここに極まれりという観があります。

1983年にヴァネッサ・ウィリアムズがアフリカ系アメリカ人として初めてミス・アメリカの栄冠に輝いた折には正真正銘の本人あてのヘイト・メールや殺人予告があったのですから、もう少し平衡感覚をもった報道をしてくれないかと思うのは私だけでしょうか。

しかし先日(22日)、アメリカの大手ビジネス雑誌「Forbes」のインターネット・サイトに投稿された記事をみて、そのあまりのひどさに怒りを通り越して思わず大笑いしてしまいました。

日本在住27年になるというアイルランド人ジャーナリスト、イーモン・フィングルトン氏によるその記事のタイトルは「The Story In Japan Is Not That Blacks Are Excluded But That Truth Has Been Swept Under The Carpet」。訳すれば「日本において黒人は差別されるだけでなく、真実は隠蔽されている」とでもなりましょうか。

フィングルトン氏によれば、終戦から進駐軍の占領が終わるまで、つまり1945年から1952年までの間、約4万人のアメリカ兵が日本に滞在し、その約7分の1は黒人だった。だから数千人の黒人との混血日本人が生まれたはずだが、私は27年間の滞日生活でこの時期に生まれたはずの黒人との混血日本人に一度も会ったことがない。だから(という論理の飛躍がすごいのですが)多分日本政府が陰でこれらの混血児たちを強制的に移住させたのだろう。この事実が明らかにされない理由は、日本政府からの資金援助に依存しているアメリカの日本研究家たちが、この歴史的事実から意図的に目を背けているからだ、そうです。

いやはや、妄想だけでここまで言い切るフィングルトン氏の度胸もすごいですが、ウィキペディアで「GIベビー」の項目を調べれば、1953年の厚生省調べでGIベビーの数は国内で4,972人を確認しており、作家のパール・バックが障害児と戦争私生児のために創設したパール・バック財団の調査では約2~3万人と想定されていたことがすぐにわかります。またこうしたGIとの間に生まれた混血私生児の孤児を救う目的で、三菱財閥の令嬢、 澤田美喜女史が大磯にエリザベス・サンダース・ホームを創設したことも知り得たはずです。

この「GIベビー」のウィキペディアの項目が英訳されておらず、結果としてフィングルトン氏の目にとまらなかったのは、日本政府の陰謀ではなく、これがアメリカの戦後史における汚点と思われているからでしょう。

ただ個人の経験で「一度も会ったことがない」から、「政府ぐるみの陰謀があったに違いない」と結論づけるフィングルトンさん。本職の経済問題では日本のバブル崩壊に取材したり、「失われた10年・20年・X年」問題で冷静なコメントをされたりしていますので、言論活動を得意分野に絞るか、またはとりあえず松本清張さんの「ゼロの焦点」、有吉佐和子さんの「非色」、森村誠一さんの「人間の証明」、または山田詠美さんの作品あたりでも読んでいただき、日本人の有色人種に対する人種差別を学んでいただきたいと思います。

およびでない海外からの「上から視点」のおせっかいのせいで相当以上のいや気もさしますが、日本社会において人種差別を克服する努力というものは、これは当然引き続き国民全体で取り組んでいかなければならない問題あることは確かです。卑近な例で恐縮ですが、カスリーン台風当時の苦労を思い出しながら、「く◯んぼのアメ公の兵隊に助けられた」などと語っていた祖母の世代に比べれば、我々の世代はまずはマシにはなったと思うものの、毎週末(但し晴天に限る)中國大使館付近に出没する右翼の街宣車のスピーカーから「ちゃ◯ころ~、ちゃ◯ころ~」の怒声を聞かされている私としては、日本政府はもっとヘイトスピーチの取り締まりに主体的に取り組むべきだと思っています。「政治」の主流がリーダーシップをとらないと、正当な目的を掲げたまともな社会啓蒙運動が、海外メディアが煽る追い風にのった自称リベラルの劣化左翼勢力に乗っ取られることになる危険性があり、それはそれで良識あるサイレント・マジョリティの日本人にとって不幸なことだと思うからです。啓蒙といっても、中國の反日デモに激情して中國大使館と間違えてロシア大使館の前で車を炎上させた、東京都港区の地図がよめない劣化右翼のみなさんたちは、医学用語で言うところの「手おくれ」かもしれませんが。2019年のラグビー・ワールドカップ、2020年のオリンピックは言わずもがな、年々増加の傾向が止まらない海外、特にアジアからの観光客に対して説明しえない現状を放置することは許されないでしょう。

最後に、ミス・ユニバース大会はアメリカのドナルド・トランプ氏がこれを所有、運営していることで有名ですが、つい先日アメリカ大統領選挙に出馬を表明したトランプ氏は、出馬表明の演説でメキシコとメキシコ人をこきおろしまくり、これに対してミス・メキシコがトランプ氏を批判するツイッター発言をしたところ、ミス・ユニバース開催組織がミス・メキシコの本大会への参加を見合わせるかもしれないとのこと。こうした人種差別発言をする人物が国際ビューティー・コンテストを主催していることや、まがりなりにも大統領選挙の候補者になれるということに関しては、ジャーナリストのみなさんの感覚もかなり麻痺しているようです。もっとも既報の通り、人種差別主義者が教会で9人を射殺してしまったというアメリカの悲惨な現実の前には、平和な日本のビューティー・コンテスト絡みで人種差別を語っている方が、メディアも、またそれを消費する読者・視聴者も安心していられるということかもしれません。