テレビ随想:といっても、テレビ欄であります --- 中村 伊知哉

2015年06月25日 12:26

54歳になりました。
物心ついて半世紀です。
生まれて最初の記憶は、先の東京五輪。
テレビは白黒でした。
三島由紀夫自決や浅間山荘事件では、小学生の私はカラーになった画面にかぶりつきました。
社会人になり、天安門事件もベルリンの壁崩壊も、衛星で届く映像にかぶりつきました。

阪神淡路大震災とオウム事件の当時、パリにいた私は、日本の放送局から伝わる映像が頼りでした。
ニューヨークで9.11に接した私は、何の混乱かがわからずにうろたえ、テレビをつけて事態を把握しました。
東京で3.11に遭った私は、被災地に押し寄せる津波をテレビで目撃しました。
ずっとテレビと生きてきました。

ただ、海外で暮らしていたころ、日本の世相を知るのは新聞でした。
といっても、テレビ欄であります。
ニュースやワイドショーのネタが一目瞭然。何が流行っているのか。どんなタレントが注目されているのか。どの事件が深堀りされているのか。
テレビ欄さえ眺めていれば、空気はわかります。

海外が戦争やテロで沸き上がっている最中も、日本のテレビ欄は温泉とアニメとグルメだったりします。
ああ、平和を保っているな、と認識できます。
「爆笑ポンコツ旅SP」「超ドキドキ密着!?」「アノ芸能人が暴露・・そして号泣!!」
ああ、特殊な文化を保っているな、と確認できます。

テレビと新聞は、そうやって、この半世紀の社会を支えてきたのでしょう。
だけどそれは、変わりつつあります。ネットがメディアとの向き合い方を問い直したから。

10年前の私は、起き抜けに新聞を読みました。それからテレビのニュースを見ました。それからパソコンを開き、ネットの情報を確かめました。

それが今は、全く逆になっています。起きるやいなやフェースブックで友人の動静を見ます。ツイッターで自分がフォローしている人たちが発信する情報をチェックします。その上で、ウェブのニュース記事を追います。それからテレビをつけて、ヘッドラインを確かめます。新聞は最後です。

以前の私は、信頼性の順番に情報を追いました。新聞、テレビ、ネットという、自分が確かだと思うメディアから目を通し、だんだん薄い情報へと拡散していきました。

今はまず、身近で最もリアルタイムなネタに触れます。それからだんだん広域の情報に目を移し、最後に信頼の置けるプロの報道や解説で確認します。

テレビも新聞も、しばし変わらぬ役目を果たすでしょう。そして、テレビも新聞も、急速に変わっていくでしょう。楽しみです。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2015年6月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。


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