「不適切会計」なる造語は感じ悪いよね

2015年07月22日 22:00

どうも新田です。「Too big to fail」という言葉は、経営再建ネタでよく使われますが、これには「この会社が潰れたら大変なんだから空気読めよ、おい」というニュアンスが込められているとも言えます。そして、そのことは新聞やテレビの報道にも言えるのではないでしょうか。


※空気で報道が歪められているのか !? (写真はイメージです)
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■造語への違和感は専門家にも
東芝の「不適切会計」問題について、さほどヲチしていたわけではないし、記者時代の経済事件の取材経験も村上ファンド事件の際に取材班の下っ端やっただけなので、元社会部記者だからといって偉そうなことを言うつもりもないです。

しかし、昨日の歴代3社長の記者会見を見ていると、「日興コーディアルの粉飾もそうだったけど、ライブドアは堀江さんが監獄にぶち込まれたのになんで東芝には特捜のガサすら入らないんだろう」と感じたのと、「どうみても粉飾決算なのに“不適切会計”という曖昧模糊とした言葉がまかり通っているのは、これは違う意味でやばいんじゃないか」と思い始めた次第です。

会計・財務素人の私だけの違和感と思いきや、東洋経済オンラインや現代ビジネスでもおなじみの投資家ふっしーさんこと、藤野英之さんもFacebookでこんな公開投稿されてます。

東芝の不適切会計(粉飾)事件で、逮捕者が出なければ日本のコーポレートガバナンスの死を意味する。

そして、「不適切会計」という造語について、経済ジャーナリストの磯山友幸さんが「新潮社フォーサイト」で斬り込んでいます。

今回の問題で、大手メディアはなぜか「不適切会計」という言葉を使っている。だが、利益のかさ上げが事実ならば、これは明らかな「粉飾決算」「不正会計」である。

一応、日経が昨日朝刊の「きょうのことば」ではこんな“釈明”をしておりますが。

損失隠しや利益の水増しが組織的に行われ悪質性が高くなると「不正会計」、刑事告発されて事件になれば「粉飾」と呼ぶのが一般的だ。

あー、さようですか。大方、マスコミの定義としてはそういうことなんでしょうが、しかしこれにも会計士の方から異論が出ております。

■事件名は共同とNHKが決めやすい構造!?
警察や記者の業界用語で事件名を「戒名」と言いますが、マスコミ報道での戒名を決めるのは、公的機関の場合もあれば、報道各社が互いのネーミングを「お見合い」しているうちに一番世の中で定着しているものに収斂されるパターンもあります。後者はまさに「空気」で決める構造。そこで報道各社に大きな影響を与えるのが、NHKと共同通信がどう報じるか、流れを決める側面があります。

共同通信は全国の地方紙のみならず、海外の特派員電も一部の全国紙に配信していますから、やはり影響力は大きい。スポーツ報道でも外国人選手の日本語表記は共同スタイルに揃えている社が多いんですが(例・「ロナウド」が「ロナルド」になったり)、地方紙が関与できない東京や外国のニュースに出てくるヒト・モノ・コトの“名付け親”になれる立場にいるわけです。

一方、NHKは新聞社に準じる取材体制と電波メディアの持つ圧倒的なリーチ力という、まさに質と量を兼ね備えた最強集団なので、たとえば新聞社の編集局上層部がNHKを見ていて、新聞社内の報じ方と違う点が出てきたとする。上層部が「NHKはこんな風に報じているんだけど」と問い合わせると、現場は明確に反論できない場合、上層部の空気を忖度してしまいかねない構造が正直あります。これは記者時代、朝日も毎日も産経も東京も親しかった記者は、大なり小なりNHKの存在を意識する自社の上層部に頭を抱えていましたので、やはり、どこもそういう「空気」があるのでしょう。

■名付け親が「不適切な企業」でいいのか?
今回の戒名の名付け親は誰か?
NHKでも共同でも朝日でもなく、始まりは東芝。磯山さんは「世間に問題が広く知られるきっかけが会社側の公表で、メディア自身が暴いた不正ではなかった」という経緯などから、“矮小化”の意図が見え隠れしているといいます。つまり東芝がネーミングした「不適切会計」がそのまま定着して、「粉飾決算」への名称変更の機運が生まれるほどの厳しい追及がなかったという見方のようです。

一応日経テレコンで各社の過去記事を検索してみると、確かに初報段階では、日本テレビも日経も読売も東芝の自主発表を受ける形で、「不適切会計」を使っていました。経緯については磯山さんの見方を裏付けております。しかし、刑事告発されておらずにまだ当局が事件化していないからといって、利益操作した額は1500億円を超えていて、あのオリンパスの1178億円を上回っているんですよ。ライブドアなんかあれだけ世間で大騒ぎしたのにたった53億。東芝は逮捕者が出ていないどころか、言葉すらすり替えられていて、なにこれ?

■「空気」で生まれる言葉のすり替え
一応、産経新聞が立件しないという当局の見立てそのまんまの解説記事を書いておりますが、法律的なテクニカル論はあるにせよ、事件化しないからといって、実質的な粉飾決算として追及しないのは、論評の自主規制としか見えませんがね。

たかが事件の戒名の問題だからといって、もしも記者クラブ内のお見合い空気であったり、もしも監視委や検察当局の空気であったり、あるいは東芝が体制刷新した後に再び広告主として存在感が大きくなることを見越した社内の空気をあれこれと忖度した末の用語選択であるとしたら、どうなんでしょうか。日頃から空気を読みあって言葉のすり替えなり、事件の報道の仕方なりが決まる構造があると思われても仕方がないんじゃないでしょうか。

言葉は重みを軽んじ続けると、代償はだんだん大きくなる気がしますがね。

安保法制審議で徴兵制復活を懸念するサヨクな方々の論理的飛躍みたいになるので、こんな論評はしたくないけど、戦時中に空気を読みまくって「撤退」を「転進」と言い換えた新聞報道の暗い過去を、この戦後70年の夏に民主化されたはずの現代日本で彷彿させるような空気は、自民なんかより「感じ悪いよね」って思います。ではでは。

【訂正 23日午前2時半 一部誤植をご指摘いただいたので直しました。】

新田 哲史
ソーシャルアナリスト/企業広報アドバイザー
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新田 哲史
アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長/NPO法人ICPF 情報通信政策フォーラム理事

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