こんな生命保険、どうでしょう? --- 岩瀬 大輔

こんな生命保険・共済の規約があったら、皆さんはどう思われるでしょうか:

・ 加入金は10万円で、その他に美酒1カメ(26リットル)を添えねばならない。月々の拠出は500円である。

・  6ヶ月間引き続いて拠出を怠った者に対しては、死亡給付金は支払われない。遺言状の中にその使途が定められている場合でも、支払いはなされない。

・ 死亡給付金は30万円だが、その中から5万円を控除し、火葬の際に葬列に加わる人々に分配する。この人たちは徒歩で行く。

・ 自殺に対しては一切、給付金は支払われない。

いつの時代も、どんな社会も、その構成員が少しずつお金を出し合って、亡くなった人の家族に与えるという相互扶助=保険類似の仕組みはあったようです。

「コレルギア・テヌイオル」(collegia tenuiorum)と呼ばれた古代ローマ時代の組合は、もともとは神に対する祭祀を行う団体で、それにふさわしい葬儀を行うために生まれたと考えられています。そのような宗教的動機が徐々に葬儀費用だけでなく、生活費一般を助けるための社会的な動機に発展したとされます。

上記で引用した規約は西暦133年に設立された、ローマ近郊の「ラーヌヴィウム」という町の組合のものになります。単位が「セーステルティウス」「アスセース」という古代ローマの通貨になっていたので、読んでイメージしやすいように、適当に単位を円に変えてみましたが、「自殺は免責」「保険料払わない人は権利剥奪」など、現代の生命保険という基本となる仕組みは同じですね。

上記の他にも、規約には次のような興味深い内容がありました。

・ 組合員がラーヌヴィウムの外で死亡した場合には、それが町から6キロ以内の所で起こったものであり、かつその旨の通知があったことを条件として、3人の組合員の世話により葬儀が行われ、この3人に対して、死亡給付金と各20セーステルティウスの日当が支払われる。しかし、これらを不正に着服したような場合には、4倍にして返還しなければならない。

・ 組合員リストの順序に従って、毎年4人が祝宴のホスト役に任命される。これらの人々は、祝宴の際に、各メンバーに2アスセースの値打ちをもつパン、4匹のイワシ、ワインと混ぜるための湯、食器、椅子用クッションを提供し、またそれぞれが1カメずつのワインを用意しなければならない。この役目を引き受けたくない者は3万円の罰金を支払い、代役に費用を補償しなければならない。そして翌年には再びその役目に任ぜられる。

・ 宴席では、仕事の話は一切してはならない。

・ 組合長は、これらの祭日に、白装束で供物を捧げねばならない。2人の守護神の祭りの当日には、かれは食前の沐浴に必要な聖油を組合員に与えなければならない。

保険の仕組みと同じレベル感で、宴席で仕事の話をするなとか、カメやらイワシやらの話が出てくるのが興味深いですね。

もっとも、この古代ローマのコレルギアは、時代の流れとともに消滅したそうです。それは、「異教徒の神々の礼拝がキリスト教に取って変わられるようになると、貧しい人たちの葬儀は教会が引き受けるようになった」ことと、3世紀に貨幣価値が下落して貨幣経済から実物経済へゆり戻しがあったこと、が理由だそうです。

歴史を学ぶことで、時代の変遷によって変わるものと変わらざるもの、何が本質かが分かることが興味深いです。また折をみて、生命保険の歴史を勉強したいと考えています。上記は、「生命保険史」(H.ブラウン著、水島一也訳 明治生命100周年記念刊行会)から引用し、一部内容や表現を現代風にしたものです。


編集部より:このブログは岩瀬大輔氏の「生命保険 立ち上げ日誌」2015年7月22日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方は岩瀬氏の公式ブログをご覧ください。