UNHCR「経済難民は送還すべし」 --- 長谷川 良

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の欧州担当官、Vincent Cochetel 氏は4日、ドイツ通信社(DPA)とのインタビューの中で、「欧州は経済難民を即送還すべきだ。彼らの為に難民対策のシステムが妨害され、本当の難民が救済できなくなっている」と発言し、注目された。同氏によれば、「経済難民の約40%しか送還されていない」という。UNHCR関係者が経済難民とはいえ、強制送還を求めることは異例だ。

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▲オーストリアとハンガリー間の“鉄のカーテン”を切断するホルン・ハンガリー外相(当時、左)とモック・オーストリア外相(当時、右)=1989年6月27日、両国国境で撮影

「難民の地位に関する条約」(難民条約)とその議定書によれば、政治的、宗教的、民族的な理由などで迫害され、母国を追われた人を難民としているが、経済的な恩恵を受けるために移民を希望する経済難民が急増し、その対応に関係国は苦慮している。すなわち、難民審査で多くの時間と経費が費やされ、UNHCR関係者が指摘したように、支援が必要な本当の難民の救援活動に支障が出てきているというのだ。UNHCR関係者はそれを「難民救済のシステムが妨害されている」と表現したのだ。

欧州の難民事情を以下、まとめてみた。

東欧のハンガリーはここにきて対セルビア国境線沿い175キロに鉄条網の設置作業を開始した。同国は移民法を改正し、セルビア経由で入国した移民を強制送還できるようにしている。冷戦時代、ハンガリーは対オーストリア国境沿いの“鉄のカーテン”を撤廃し、旧東独国民の西側逃亡を支援。旧東西両ドイツの再統合を促した国だ。その国が冷戦後、不法移民防止の鉄条網を自ら設置しだしたわけだ。

隣国オーストリアでは連日殺到する難民の受け入れで大混乱だ。冷戦時代、旧ソ連・東欧諸国から約200万人の政治難民を収容してきたが、同国の最大の難民収容所トライスキルへェは目下約4000人の移民が殺到。1500人程度の移民は建物の外でテント生活を強いられている。そのため、同収容所を管理する二―ダーエスターライヒ州が5日、難民受け入れをストップしたばかりだ。
オーストリア連邦政府は移民を収容するように州政府側に要求してきたが、州側が難色を示した。そこで連邦政府は州政府が反対したとしても強制的に移民を収容させることができるように憲法改正に乗り出したばかりだ。

ちなみに、オーストリア側は隣国スロバキア政府との間で、トライスキルへェ収容所で保護できない移民をスロバキアで収容することで合意した。今月中に250人、来月に残り250人の計500人をスロバキアで収容する予定だ。ただし、スロバキア側の住民(Gabcikovo)は難民の収容に強く反対している。

一方、北アフリカ・中東諸国からは連日、ボートに乗ってイタリア最南端の島ランペドゥーザ島沖に殺到している。ギリシャにもシリア・イラクからトルコ経由でギリシャに逃げてきている。約600人の移民が乗った漁船が5日、リビア海岸で転覆。イタリアの沿岸警備当局者によれば、400人が救助され、25人の遺体が見つかったという。

セルビアではトルコ経由でドイツに移民を希望する者が殺到。ベオグラード政府は彼らにハンガリー行の列車のチケットを無料で渡し、国外に運んでいる。ブルガリアでもハンガリーと同様、対トルコ国境沿いに壁を建設している。また、フランスから英国に不法入国しようとする多数の移民が英仏海峡トンネル周辺に集まり、両国の国境警備隊と衝突している、といった具合だ。

なお、西側治安関係者は、「難民の中にイスラム過激派メンバーが紛れ込んでいる可能性が排除できない」として警戒している。難民の殺到、その上にテロ問題が起きたならば、欧州はパニック状況に陥るだろうというのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年8月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。