老後の家計簿

2010年に公開された映画「武士の家計簿」(森田芳光監督)をBSテレビで見た。加賀藩の下級藩士で御算用者(会計処理の役人)を務めた猪山家の生活と、その背景にある加賀藩の営み、幕末から明治維新にかけての歴史的変遷を描いた時代劇だ。

主テーマの1つが、借財が大きくなった猪山家の債務整理だ。家財の大半を売り払ったり、質入れしたりしたうえで、収入、支払いを入払帳にきめ細かくつけて行く。

堺雅人が演じる主人公の猪山直之は、若き猪山家の当主として一切の妥協を許さない。父が趣味で集めた陶器の多くや母が凝っている友禅の着物を、渋る父母を強く説得しつつ、すべて売却、質入れしてしまう。

日々の食事も一挙に質素になり、祝いの席でもタイなどの高級魚はあきらめ、安価な魚を買い、料理で味を工夫する。

厳しい倹約生活なのに、どこかほのぼのと明るさがあり、清潔感が漂うのは、下級武士とはいえ、そろばんの才能を買われて、多少なりとも出世し、少しずつ収入がふえるからだろう。

だが、それ以上に大きいのは彼らの生活が分限をわきまえ、質素倹約を受け入れる律儀な姿勢に貫かれているからだと思われる。

長年、質素倹約に努めて結果、猪山家は借金完済を果たす。その束の間、母は死の床につく。臨終の直前、母が最も大切にして「手放したくない」と泣いて訴えていた着物を買い戻して、寝ている母の布団の上に広げてみせる。そのシーンはちょっと感動的だ。

映画の話を長々と紹介したのは、発売から2か月で8万部を売り上げた「下流老人 一億総老後崩壊の衝撃」(朝日新聞出版)の著者、藤田孝典氏へのインタビュー記事がNBオンラインに掲載されていたからだ。

題して「『高齢者の貧困率9割』時代へ 老後は誰しも転落の淵を歩く」。

1980-90年代前半のバブル期に現役として年収1000万円前後稼いでいた定年者でも、病気や介護、認知症、子供が独立せずに家に居つくといった事態に陥ると、一気に生活は苦しくなる。藤田氏によると、バブル雇用で安定した世代の高齢者ですら、今や貧困率は22%に達している。しかも――。

いま40代前半に当たる団塊ジュニアは4割程度が非正規社員・従業員です。平均年収は200万~400万円が中心で、この水準だと定年後の年金受給額は月額8万~10万円。生活保護を受給すべき最低ラインに掛かります。

だから、多くの人が老後、貧困の危機に直面する公算大、というわけだ。

やや大げさな感じもするが、以上の数字を見ると、単純に大げさとも言えない。言うまでも無く、その最大の原因は少子高齢化にある。老人の比率が少なく、人生50-60年で定年後5-10年たつと他界したころは、現役の働き手が彼らを養うことができた。

しかし、人生80-90年へと寿命が延び、定年後の生活が20年以上にもなれば、高齢者比率が大きくなりすぎて、とても養えるものではない。

とすれば、老人自らが年金に見合って生活できるよう、「武士の家計簿」のように、質素倹約の生活に転換するしかない。藤田氏は語る。

(貧困化を避けるには老後の病気や介護、認知症などの不測の事態の発生をもにらんで)早い時期に生活スタイルの“ダウンサイジング”を決断することです。年金の受給水準で生活するには、どうすればいいのか。50代できちんと考え、実行することです。

同時にもう1つ、大事なことがある。ダウンサイジングの生活を楽しむ工夫をすることだ。「武士の家計簿」に見るように、低級魚に味付けして「おいしい」食事にすることだ。「内外の旅行が好きだったのに費用が捻出できない」というのなら、歩いて日帰りの山歩きや近隣町村の名所旧跡を訪ねる、という方法もある。工夫次第でカネのかからない楽しみはたくさん見出せる。

ダウンサイジングばかり考えず、収入を増やすことを考えるのも多いに結構だ。60-70代ではできることは限られるようだが、どっこい働いている人はたくさんいる。

その際大事なのは、好きなことをして収入を得られるようにすることだ。好きなことなら収入が少なくても不満は少ない。その範囲内で生活しようと思えるはずだ。もちろん高齢者でもたくさん稼げるなら、それに越したことはない。その分、日本経済にも貢献することとなる。

どんな境遇でも楽しんで生活する、という当たり前の結論になる。口で言うほど簡単ではないが、映画「武士の家計簿」には、どこかで愉しんでいる風情があった。森田監督の製作スタイルなのかも知れない。見ていて、「ちょっといいな」と感じた。