フォルックスワーゲンの危機

岡本 裕明

フォルックスワーゲン社は長かった社内抗争を経てピエヒ監査役会会長が去り、マルティン ヴィンターコーンCEO体制を敷きました。フォルックスワーゲン乗用車ブランドの立て直しの為にBMW元幹部のヘルベルト ディース氏を乗用車部門のトップに招き入れ、正に起死回生の攻勢を図るところでありました。

そんな中、アメリカからその意気込みに水を差すようなニュースが入ってきました。

アメリカ環境保護局(EPA)のその衝撃的発表はまだ内容が十分咀嚼され、影響の具合が読み切れない中での話でありますが、今後数か月間は話題をさらう可能性があるとみています。

事件はフォルックスワーゲンとアウディの一部のディーゼルエンジン搭載車が、排ガス規制に関する試験をクリアするために違法ソフトウエアを用いていた(日経)ものであります。そのソフトウェアは排ガスの試験の時には浄化機能がフル稼働するものの通常の運転時にはその機能が働かない(EPA発表)とのことであります。アメリカでの対象車は2009年から15年までのゴルフやA3など代表的ブランド合計48万2千台に上ります。自動車としての安全性には問題ないのでそのまま乗れますが、リコールのみならず、制裁金は一台当たり最大37500ドルとなり、総額2兆円越えの負担を強いられるかもしれないレベルの話であります。

同社はアメリカ市場の攻略を重要な戦略として考えていました。台数を追う戦略で急速に伸ばしたその勢いは今年上半期だけではトヨタをわずかに抜き、トップに躍り出たものの7月以降は主力の中国市場のみならず、ブラジル、ロシアでも苦戦が続いています。そのため、下半期では台数的にはトヨタが抜き返す可能性が高くなっています。

ただ、同社が抱えている問題は台数がいくら増えても利益が増えないという経営の根幹にかかることであります。鳴り物入りで開発したグループ自動車会社で使いまわしできるMQBと称するプラットフォームの普及は大幅に遅れており、その生産台数は全体の15%に留まっています。また、MQBそのものが導入時に多額のコストがかかるため、その効果について疑問視する専門家も多いのです。

同社の根本的問題は賃金が高く組合の力が経営に深く影響をもたらすことでありますが、そのドイツ国内の従業員は全従業員の45%を占めるのです。一方の国内の自動車販売台数は12%に留まる(FTより)という点は同社の評価のキーポイントかもしれません。結果として同社の乗用車ブランドの利益率はわずか2.7%とトヨタの10.1%に遠く及ばないばかりか、グループ内のポルシェ、アウディ、はたまたベントレーにすら大きく水をあけられています。

日本的に考えれば経営全般を見直し、ブランドを抜本的に整理することが求められますが、組合が強い同社に於いてかつて多くの経営幹部がその壁にぶち当たってきています。

今回のアメリカ発の問題はうがった見方をするとアメリカのドイツに対するチャレンジの様に見えます。年間1700万台もの車が売れるアメリカに於いて50万台に届かない同社のディーゼル車の影響はわずかであります。それでもこれはアメリカ発のVW社包囲網でドイツ帝国の拡大を抑え込むほんの小手先のいじめだとしたらどうでしょうか?

アメリカにはGMという台数的にはトヨタ、VWに肉薄するもう一つの巨人がいます。そしてGMはVWと中国市場やブラジル市場で大きくぶつかり合う関係にあります。アメリカという国は常に政治的な裏を持ちながら行動をします。表の事実と内情は別々に考えるべきであります。

更に今回のテストの結果はアメリカの環境保護局の話であり、当然これを受けて世界各国の調査が始まります。中国もブラジルもカナダも日本も同様の動きをすぐさま展開するでしょう。その総和の影響はアメリカの課徴金が仮になにがしか値引されたとしても世界全体で見ればとてつもなく不安な要因をもたらすということです。

案外一番ホッとしているのは株の持ち合い問題が解決したばかりのスズキなのかもしれません。世の中、どこにどんな落とし穴が潜んでいるのか分からないものです。

今日はこのぐらいにしておきましょう。

岡本裕明 ブログ 外から見る日本、見られる日本人 9月20日付より