議員はなぜ大臣になりたがるのか

2015年10月07日 01:52

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「憲法を守れ」という人々は、9条しか眼中にないかのようだ。彼らは国民主権を謳う現行憲法が「大臣」という呼称を残したことに疑問をもたないだろうか?
そもそも古代の律令制に由来する「大臣」は王制を前提とする。明治憲法にあった国民を意味する「臣民」をなくしたからには「大臣」もなくすのが理の当然だろう。

ちなみに「大臣」という名称の本家本元の中国でも、今は使われていない(人民共和国として当然ながら)。中国首相は正式には国務院総理であり、外務大臣ではなく外交部長の如し。

自民党全盛期には当選5回が大臣適齢期といわれ、よほど問題がない限り誰でも大臣の椅子にありつけた。稀に当選5回過ぎても大臣になれないと支援者から「ウチの先生は何か問題があるのではないか」と陰口を叩かれた。中でも当選7回で大臣になれなかった浜田幸一先生は極稀な例外。浜田先生は、大臣手前の有力なポストである予算委員長の時、「宮沢賢治君(本人は宮本顕治のつもり)は殺人者だ」と言ったために大臣になりそこねた。

それにしても議員諸侯の「大臣」への執着は、余人にはなかなか理解できないものがある。それを雄弁に物語る実話を一つ紹介しよう。某氏が、防衛庁長官に就任した時(防衛省昇格前)その「長官室」の名称を「大臣室」に代えさせたのが彼の初仕事であった。 
吉田首相が、党内操縦術として大臣を粗製濫造し、その手法はその後の首相に引き継がれたため、大臣の値打ちも随分下がったが。
自民党の派閥全盛時代大臣が粗製濫造されたのは、派閥ボスの派内縦術でもあった。総理総裁への大臣推薦権が、金と並んで派閥掌握の有力な手段であった。大臣にしてもらった派閥ボスへの忠誠心は高まる。

議員が大臣になりたがる理由をまとめると、
選挙に有利である(現職大臣が落選することは滅多にない)、
金ヅルとなる利権に近づける
一門の名誉である
勲章のランクが上がる
専用車、秘書、SPがあてがわれる
といったところか。勿論議員報酬に加えて大臣としての報酬もある。
昔は盲腸(なくても困らないもの)と揶揄された政務次官も、今は副大臣と言うそうな。

大臣病の蔓延をなくすためにも、もっと地味な名称に代えたほうがよい。たとえば部長、長官、主任ではどうか。実はこの単なる名称の変更でさえ憲法の改正を必要とする。 
               
現行法の下では、通常閣僚は各省庁の長として内閣に列する(ごく稀に無任所相が置かれることがあるけれども)。そのため各大臣は広く国家的な観点から政策を論ずるよりも、自分の官庁の役人の振り付け通りその省庁の利益代表として振舞うことが多い。
そのうえ、閣議でも、各閣僚はしっぺ返しを恐れて自分の所管事項以外について発言することはほとんどない。これでは一体何のための閣議か。

この点、明治政府初期の参議のように特定省庁にとらわれることなく(官僚制度が整っていなかったこともあるが)国政全般について発言する閣僚で政府を構成する形も考えられてよい。

省庁再編成のこと。2001年の省庁再編成の目的はなんだったろうか。強大すぎる大蔵省を解体することがその目的だったろうか。それにしては旧内務省にも比肩できる強大な総務省や、国土交通省をつくったことと平仄が合わない。

省庁の数は減ったが大臣の数はさほど減らず、次官、局長の数は多少減ったがそれに代わるポストを新設し、行政整理としての実質はほとんどなかった。縦割り行政の弊害は相変わらず、省庁間の縦割りが一部、局間の縦割りに変わっただけ。何のための省庁再編成であったのか。

ことに、大蔵省について言えば、1997年の金融危機の際なすところがなかったのは、省庁再編成の真只中で、自らの省益を守るのに忙しく金融危機の対応に頭が回らなかったと思われる節がある。強制捜査権をもつ、国税庁を引き続き財務省の下に残したのは問題。財務省は、それによって、自分の気に入らない論者を、税務調査をちらつかせることによって黙らせることができる。

大蔵の名称はなくなったが、大蔵と共に古い文部の名称を残したのは解せない。文部科学省などまるで木に竹を接いだような名称ではないか。なぜ教育科学省としなかったのか。

青木亮

英語中国語翻訳者

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