こどもの教育が一条校である必要はない

2015年10月11日 05:49

中沢良平「学校は勉強するところではない」における「学校」とは、学校教育法一条校のことである。
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学校教育法
第一条 この法律で、学校とは、幼稚園、小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、大学及び高等専門学校とする。

一条校は「正規の学校」であり、公立私立問わず、多額の補助金が投入され、学費は無償か、安い。しかし、こどもの教育は、高等教育はもちろん、初等中等教育すら、一条校で行われる必要はないし、政府も強制していない。

義務教育は受けなくてよい。

就学年齢のこどもが、小中学校に1日も通わなくても、小中学校卒業となる。法律上は、学校長権限で、不登校児童の卒業猶予や原級留置はできるが、そのような運用はされていない。

高校は行かなくても高認試験で代用できる。

高校は行かなくても、高等学校卒業程度認定試験(高認)に受かれば、高卒と見なされる。「高卒以上」で募集されている求人に応募することはできるし、専門学校や大学への入学が可能になる。海外の大学に入る場合でも、高認に受かっていれば、入学拒否されることはない。

学力を養成するには、一斉授業の一条校よりも、個別指導の各種学校の方が適している。

個別指導塾ならば、「いじめ」「登校拒否」「組体操(笑)」もないし、無意味な宿題に追われたり、部活で消耗したり、内申書のために教師の顔色をうかがう必要はない。本人にとって有利な学習だけを、集中的に行うことができる。

とすると、いくらでも学費を出せる富裕層にとっては、一条校よりも、各種学校の方が、合理的であるように思われる。

ところが、朝鮮学校やインターナショナルスクール、不登校児童向けのフリースクールを除くと、初等中等教育を行う各種学校はない。

これは不思議なことである。

日本政府にとっては、一条校以外の「迂回ルート」ができることは好ましくないが、個別家庭にとっては、そんなことはどうでもよい。自分のこどもが有利な社会的地位を得られればよいのだから、一条校に固執する理由がない。

「一条校でないと、社会性が身につかないのではないか?」

学力指標はあっても、社会性指標はない。就職や進学において、一条校に通っていなかったことは、問題にならない。朝鮮学校卒やインターナショナルスクール卒でも、高認試験にさえ通れば、高卒と見なされている。

とすると、なぜ一条校に固執するのか?

もっともらしい考察はいくらでもできるが、ここでは、非合理的な一条校志向は、ビジネスチャンスだということを指摘しておきたい。

特に理由もなく、一条校を人々が選好することで、一条校には実質以上の価格がついている。たとえタダでも高すぎる。富裕層向けに、高価格で、個別教育サービスを行えば、相当の利潤を出すことができるだろう。

「すでに家庭教師サービスや個別指導塾はいくらでもある」

それらは、平日日中は一条校へ通っている人を前提としている。義務教育を無視して、平日日中から個別指導をしてくれる塾はない。フリースクールは不登校児童の救済を目的としており、エリート教育をしていない。

学校教育法による規制を受けない、個別指導を行う初等中等教育は、経済成長が停止した日本における、残り少ないブルーオーシャンだと思う。

井上晃宏(医師、薬剤師)

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