歴女の関が原

2015年10月26日 15:51

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以前偶々NHK BS3で「歴女の関ヶ原」を見た。歴女という人種が棲息しているとは聞いていたけれど初めてテレビを通じてお目にかかった。テーマは「どうしたら西軍は勝てたか」。意外に(失礼)レベルが高いと感じた。
関ヶ原の古戦場で実地検証したのにも驚いた。ただ実地検証するのはいいけれど完全に条件を相同にしなければ反って間違った方向に行きかねない。

例えば家康の指示で小早川隊に鉄砲を撃ちかけ裏切りを催促するシーン。 果たして小早川隊に銃声が聞こえたかどうかの実験。競技用のピストル三個を使用。火縄銃の実際の発射音を聞いたことはないが競技用ピストルよりはるかに大きいはずだ。しかも数十丁と数も多かった。実際に火縄銃を使わなければ実験の意味はない。
仮に銃声が聞こえなかったとしても硝煙は見えたはずだ。数十人が一斉に撃てば相当の硝煙が上がる。

毛利隊が布陣した南宮山から三成の出撃を促す烽火が見えたからどうかの実験。 今では雑木が生い茂り視界はすこぶる悪いのでまったく見えない。だがそんな木が生い茂る不便な場所に布陣するとは思えないし仮にあったとしても大軍が布陣するため切り払ったであろう。だからこの実験も意味があるとは思えない。
仮に烽火が見えなかったとしても最前線までは2キロ程度の距離だ。鬨の声は聞こえたであろうし場の空気というものがある。少なくとも合戦が始まったことはわかったはずだ。

長宗我部盛親が中山道ではなく東軍のいない伊勢街道を走り徳川本隊の側面を突けば家康を討ち取れたとする説を提唱した女性がいた。理屈ではそうかもしれない。だが長宗我部は最初家康に味方するつもりで内応の手紙を送ろうとしたが手違いで届けられずやむを得ず西軍についた。というわけで長宗我部隊はすこぶる戦意に乏しかったのであまり意味のある仮説とは思えない。

この番組のチューターを勤められた笠谷和比古先生は関ヶ原の合戦が二三日後に起これば大津城を落とした名将立花宗茂隊が間に合ったであろうし、そうなれば西軍の戦意は一気に上がり戦はまったく別の様相を呈していただろうとおっしゃっていた(笠谷先生には「秀吉の野望と誤算ー文禄慶長の役と関ヶ原の合戦」という好著がある)。
もっと更に四五日遅ければ秀忠率いる徳川本隊が間に合い、戦いの構図そして戦後処理はまるで違っていただろう。

こうした歴史的イフを探求することは当時の状況を深く理解する上で必要なことだ。

明治の中頃陸軍大学校で戦術を指導したドイツ人将校メッケルが、関ヶ原の両軍布陣を見て「西軍必勝」と断言した。何もメッケルを持ち出さなくても、陸軍軍人なら(西軍の内情を知らなければ)十人が十人同じことを言っただろう。
だが関ヶ原を将棋のゲームのように見るのは正しくない。将棋と違ってあの決戦において両軍の内情は非対称だった。将棋であれば対局者双方共自分だけの意思で自由に自陣の駒を動かすことができる。総司令官に近い立場の家康にはそれができたが、如何せん西軍の三成にはそれはできなかった。彼はコーディネーターであって西軍の総司令官ではないからだ。三成は各隊に命令する権限はなくただお願いするしかない。しかも武人としての三成評価は西軍の間ですら低い。千軍万馬の家康とは大違い。これでは戦は勝てない。

そもそも西軍は初めから戦意に乏しかった(戦意旺盛であったのは石田、大谷、小西、宇喜多隊くらい)。それは「秀頼公の御為に逆臣家康を討とう」という西軍のスローガンが力を持たなかったからだ。なぜか?豊臣の天下は英雄秀吉一代限りという認識が一般的で世襲できるだけの正統性をもたなかった。
秀吉自身「わしの後天下を取るものは誰だと思うか」と群臣に問いかけている。
その上朝鮮役の惨憺たる失敗で秀吉怨嗟の声が満ちていた。仮に西軍が勝ったとしよう。名目上の天下人は秀頼、だが実権は淀にある。中国史でいうところの垂簾(すいれん)政治だ(西太后がその代表)。その淀を動かすのは三成や大野治長。これでは天下は安定せず戦国時代に逆戻りする可能性だってある。西軍がまとまりに欠けたのも当然だ。

私は、この戦いが豊臣対徳川の一大決戦である事実を直視せず前線に立とうとしなかった秀頼、それをさせなかった淀の愚昧が最終的に西軍敗北を決定したと考えている。

それはともかく若い女性があれほど深く歴史を研究しているとは意外だった。
2009年大河ドラマは直江兼続を主人公とする「天地人」だったが、某歴女があれを見て「あんな女みたいな武将がいるはずがない」と宣うた。まったく同感。

私は基本的には定説を尊重し(史料重視とは限らない)、それではどうしも辻褄が合わない時初めて異説の可能性を追求すべきだと思っている。定説を尊重することと歴史的イフを探求することとは矛盾しない。

青木亮

英語中国語翻訳者

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