軽減税の意味は次世代への負担転嫁 --- 中村 仁

2015年12月13日 10:00

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なりふり構わぬ選挙対策


消費税が10%に引き上げられる際に、食品は8%に据え置く軽減税率の導入が決まりました。現在の世代はほっとするでしょう。それで喜んではいけません。軽くなった分は息子、娘たちの世代に負担が先送りされ、重くなるのです。先進国で最悪の財政赤字を抱える日本は、税の増収で赤字を減らしていかなければならないのに、安倍政権は楽な道を選んだのです。

しかも最も得をするのは、高い食品でも買える高額所得者です。買い物の金額も大きく、軽減される消費税額も大きいからです。もちろん、低所得層も消費税は軽減されます。試算によると、年収200万円の人の軽減額はざっと年間1万円、年収1500万円の人は2万円です。生活者への配慮をしているようで、実は格差を広げる経済的効果を持ってしまうのです。

現代世代は錯覚している


軽減税率の導入と聞くと、多くの人は「政府が消費者への配慮をしてくれた」と思うでしょう。それは錯覚です。中高所得層ほど得をし、今の世代ほど得をする。増え続ける社会保障費の支払いのために、消費税はもっと上げていかざるを得ません。政治的に可能かどうかは別として、税率20%は覚悟しなければなりません。税率が高くなるほど、少なくともこの2つの矛盾が拡大します。

世論調査では過半数が軽減税率の導入に賛成です。賛成の人は、矛盾に満ちた選択を支持しているという自覚を持つべきです。あるいは、今すでに生活が楽ではないので、「とにかく今を楽にしてほしい」、あるいは「将来のことは将来、考える」という選択をしたという意識を持つべきです。

消費税の後発国に軽減の余裕はない


消費税(付加価値税)を早くから導入してきた欧州は、軽減税率を採用しています。今の日本ほど財政状態が悪化していなかったから、できたのでしょう。新聞業界は自らに軽減税率適用してもらいたいために「欧州では食品など生活必需品の税率は標準税率(20%以上)の半分以下」などと強調してきました。「日本のような財政事情の国では、軽減税率を導入する余裕はない」というのが新聞が主張すべき正論です。

欧州では「軽減税率を採用すると、減収になった分だけ他の税率を高くぜざるをえない」、「複数税率(商品ごとにいくつもの税率がある)を採用すると、会計処理が煩雑になる」として、今では後悔しているようですね。そんな話を日本の新聞は紹介していません。さらに「こういう財政事情のもとでは、新聞・出版への軽減税率の適用は止むおえず辞退する」が正論なのです。

自民党の税制調査会が公明党の要求をはねつけてきました。「減収幅は4000億円まで(生鮮食品)とする。これ以上、一歩も譲らない」と、珍しく強硬でした。それが土壇場で、突然、1兆円規模(生鮮食品と加工品)に譲歩しました。「官邸の強い意向だ」、つまり安倍首相の意向だったのでしょう。安倍政権の目的は来年の参院選対策対策です。昨年末の衆院選を前に「2015年10月の消費税10%」を先送りしました。消費税を選挙対策に再度、使ったのです。

政教分離だったのではないか


ほかにも多くの問題点が噴出しています。新聞記事によると、「官房長官が公明党の親元、創価学会の幹部に意向を打診した」とあります。「えっと」驚きました。「憲法上は、宗教と政治は区分する政教分離だったはずではないのか」の基本原則を踏み外しているからです。

財源も4000億円が突然、1兆円になりました。無節操すぎる財政運営です。選挙のためなら構うものかという政治判断でしょう。「そんなに日本の財政は懐に余裕があるのだ」という錯覚を与えるのに役立つでしょう。そもそも「軽減税率の財源」というのもおかしな話です。「軽減税率の導入ともなう税の減収額」というのが正しい表現です。多少の歳出削減、増税はあるにせよ、減収額の過半は国債発行(財政再建の先送り)でまかなわれるでしょう。

税収の上ぶれは国債減額の原資のはず


公明党は「景気の持ち直しで税収の上振れ」が期待できるといいます。金融・財政政策で景気が好転し、税収が増えたら、過去に発行した国債の減額にあてるべきものです。「景気が悪い」といって国債を発行し、「景気の好転による税収増があったから歳出増か減税に」といって、国債減額に本腰をいれてこなかったから、積もり積もって国債発行残高は1000兆円になり、今も増えつづけているのです。「1強政権」と胸を張るなら、不人気を覚悟で国債減額に取り組むべきです。

最後に生活が楽でない家庭は多いでしょう。一律の税率を維持した上で、楽でない家庭の所得の程度に応じて、増税分を現金で還付すべきなのです。すでに小規模の還付が行われています。現金の代わりに、本当に困る家庭に「1万円のプリペイドカード」とかを配る方法もあります。もっとも、これから準備しても間に合わないでしょう。

税制の無知が生んだ安易な公約


本気で財政のことを考えるなら、昨年、安倍首相が消費税引き上げの先送りの決断をした際、直ちに負担軽減策の実務的な検討を始めるべきでした。それをしなかったのは「どうにかなるだろう」という気持ちがあったのでしょう。それを知ってか知らずか「軽減税率」を要求した公明党、「軽減税率は自公政権の公約」と信じた安倍政権の経済的な無知の責任は重いでしょう。

中村 仁
読売新聞で長く経済記者として、財務省、経産省、日銀などを担当、ワシントン特派員も経験。中央公論新社、読売新聞大阪本社社長を歴任。2013年の退職を契機にブログ活動を開始、経済、政治、社会問題に対する考え方を、メディア論を交えて発言する。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2015年12月11日の記事を転載させていただきました。転載を快諾いただいた中村氏に心より感謝いたします。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。

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