日英同盟の失効は米国の陰謀か?

2015年12月22日 20:22

1923年ワシントン四カ国条約の締結に伴い日英同盟が失効したのはアメリカの陰謀であるとの説がウヨクの間で人気を博しているが、そもそも日英同盟当初の目的に鑑み第一次大戦中のロシア帝国とドイツ帝国の崩壊、ベルサイユ講和条約の締結と国際連盟の発足を経たあの段階で日英同盟は存在意義を失っていたことを考えれば米国陰謀論が成り立たないことを理解するのはむずかしくない。

19世紀末から20世紀初頭英国は極東におけるロシアの南下政策をおそれた。ボーア戦争で国力を消耗した英国は自ら極東で海軍を増強するのをあきらめ、三国干渉の屈辱を晴らそうと臥薪嘗胆のスローガンの下急速に海軍を拡張しつつあった日本との同盟を選んだ。北清事変中軍規厳正で勇敢な日本軍が欧米列強間で評価を高めたことも同盟締結を後押しした。 

北清事変を口実に大兵を満洲に送り込んだロシアと日本との間で緊張が高まると日本では満韓交換論でロシアとの協調を模索する元老伊藤博文の動きは実らず、桂首相、小村外相が推進する日英同盟路線がもう一人の元老山県有朋等の支持を得て勝ちを制する。

日英同盟は日露戦争の勝利に大いに貢献した。英国植民地網を利用してバルチック艦隊の補給を妨害し東征を遅らせたこと、イタリアで建造中の軍艦日進、春日を日本が買い付けるのに協力し極東まで安全に送り届けたこと等戦略面の貢献も大きかったが、最も大きかったのは米国と共に日本の外債(戦費)を引き受けたことだ。

だが日露戦争が終わると日本は満蒙で日露の勢力範囲を定め双方の権益を尊重する日露協約を三度にわたって締結し両国関係は好転したので対露同盟としての意義はうすれた。更に1911年の第三次改定で米国を日英同盟の対象から外したので対米同盟ではなくなり同盟の意味は更に失われた。

ロシアに代って極東における日英の権益を脅かす存在は中国山東省に権益をもつドイツだけとなった。
第一次大戦の結果ドイツは敗北しドイツ勢力は一掃されたため極東における英国権益を脅かす国は日本を除きなくなった。日本は対華21箇条の要求、ドイツ山東省権益の継承問題(直接中国に返還するかそれとも一旦日本が継承するか)、シベリア出兵等で英国だけでなく列強の不信感を強めた。

尚日本が英国の要請にも関わらず陸兵の欧州戦線への出兵を頑として拒否したことも英国の対日不信感を強めた。
だがこれには日本側にも言い分がある。当初日本の対独参戦さえ気乗り薄であった英国が、戦争の長期化に伴い同盟の範囲を超えて欧州まで出兵せよとは虫がよすぎる。それに同盟の範囲内では太平洋、インド洋で、その上その範囲を超えて地中海まで駆逐艦を派遣し連合軍艦船の護衛任務を果たした。日本が同盟の義務を果たさなかったとするのは心外である。以上が日本側の言い分。

それはともかく日本が第一次大戦後孤立を深める中で日英同盟を存続させるインセンティブは日英双方で失われた。
従って日英同盟の存続を阻んだものは、米国の反対もあったが、日本の膨張主義を怖れるオーストラリア等英国の自治領及び中国そして肝心の英国自身が日英同盟に意義を見いだせなくなったことが最も大きい。
尚中国が日英同盟に反対したのは、同条約は国際連盟の精神に反する、両国が中国を無視して中国における権益の相互尊重、機会均等を云々するのは中国の主権を侵すものであることをその理由とする。

青木亮

英語中国語翻訳者

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