古舘氏の去る『報道ステーションは正義か 不実か』

報道ステーションのキャスター、古舘伊知郎氏が『不自由な12年間だった』という言葉と共に、番組降板を発表しました。立つ鳥後を濁しまくりといった感じで、次の様な恨み節の様なコメントを残して番組を去る様です。

僕は、テレビというものは僕は『娯楽の箱』だと思っている。スポーツ実況、バラエティーなど、(自分は)娯楽もので行きたいと思っていた。だが、早河さんがうまくて、『(報道番組で)自由に絵を描いて』というんですね。それでコロッとだまされて

不自由な12年間だった。言っていっていいことと、いけないこと…大変な綱渡り状態でやってきた。

そういった古舘氏の発言に対し、元フジテレビの長谷川豊アナウンサーの『報道ステーションは正義か 不実か』という今月発売の新書を読んだこともあり、報道番組はドラマに近く、キャスターは役者の様な存在だと改めて感じました。

報道ステーションは正義か不実か (ベスト新書)
長谷川 豊
ベストセラーズ
2015-12-09


長谷川アナウンサーは、この本の『売国アナウンサーと呼ばれた私』という項目で、長谷川氏が自民党を応援してきた人間の一人と明かした上で、次の文章を書かれています。

当時のテレビでは自民党を叩けば、高視聴率を取れることが確実な状況であった。

(中略)

こうなると、もともと反政権ポーズの『報道ステーション』だけでなく、『とくダネ!』も反自民一色の報道にせざるをえなくなった。そこで親安倍のネトウヨ軍団……ネットで攻撃することを行動目標としている集団の標的となったのが、『報道ステーション』の古舘伊知郎キャスターであり、朝の最高視聴率番組である『とくダネ!』の小倉智昭氏、そして政治ニュースを一手に引き受けていた長谷川豊だったわけだ。

やはり、報道番組といっても商売です。だから、視聴率が取れる方向で、番組を演出していくのは当たり前です。また、スポンサーあっての番組なので、多少の遠慮が出てしまうのも仕方ない事でしょう。なので、キャスターの本当の気持ちがどうであれ、1人でも多くの人が興味を持つ切り口を考えて番組を作っていくわけですし、スポンサーの顔色も伺わないと番組作りはできないわけです。(その辺の事は、ブログに詳しく書きました。)

そうした状況だと、古舘氏の『人とは違った目線などで物事を表現する』という卓越した能力が、特に必要の無いものになってしまうのかもしれません。

ここからは、古舘氏の心境を勝手に推測したものですが、古舘氏はこんな不自由さを抱えていた12年だったのではと直感しました。例えば、古舘氏はプロレス実況で身長2メートル数十センチあり、体重も200キロ以上あるプロレスラーの、アンドレ・ザ・ジャイアントを『一人民族大移動』と表現しました。これは古舘氏にしかできない、非常にわかりやすい表現です。

なので、早川氏が古舘氏に『自由に絵を描いて』といったとき、古舘氏は政治問題などにもプロレス実況の様に、独自の表現で面白おかしく伝えたいと思ったのではないでしょうか。そして、そういった独自表現などが従来にない報道になり、番組の目玉であり視聴率の源になると、古舘氏は思っていたのかもしれません。

ですが、実際の報道ステーションが始まってみると、一番数字が取れる切り口でしかニュースを作らない従来通りの報道番組の作り方でした。そして、古舘氏の腹の底にある、独自の目線や、独自の表現は常に押し殺さなければならず、番組のスタンスで求められるキャスターを演じなければならなかったのだと思います。そうやって、自分の思いとは違う事、スタッフが書いたセリフを読んでいながら、世間からバッシングや批判されるのは古舘氏となるわけです。そういった状況になったら、最後に恨み節を吐いて辞めたくなったとしても仕方ないのかもしれません。

私も報道番組や情報番組の構成・ナレーションなどを考えるとき、『視聴率』や『偉い人』というのは意識せざるをえません。なので、私も自分の腹の中で思っていることと、私の指がタイピングしている事は、意見が180度違うという事もよくあるわけです。長谷川アナウンサーも、本の中でニュース番組はドラマであると繰り返していましたが、本当にそうだと思います。

ニュース番組のキャスターは、自由に本人の力で番組を盛り上げるバラエティー番組のMCよりも、セリフが決まっているドラマの主役をする俳優の様な存在なんだと思います。(ニュースがいかにドラマであるかという事は、著書『朝日新聞もう一つの読み方』を書いたので、興味のある方はどうぞ)

さて、私の様に裏方の人間は表に顔が出ないので、視聴率が取れれば、それで良しとしようと妥協する事も簡単です。ですが、長谷川アナウンサーや、古舘キャスターの様に、自分の口から発した内容が、自分の本当に思っている事と違うとき、視聴率や金銭的なご褒美があっても抱えるストレスは甚大なものなのだろうと感じさせられました。

渡辺龍太:放送作家・ブロガー。近著『朝日新聞もう一つの読み方』で、ニュースがドラマであると解説し、言論関係の寄稿などもふえている。