超金融緩和は大量破壊兵器に似る --- 中村 仁

2015年12月30日 21:00

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政治に飲み込まれた経済


今年を回顧すると、政治が経済を飲み込んでしまった1年のように見えます。政治主導のもとで、異常が正常を飲み込んでしまったようにも見えます。何が経済的正常で、何が経済的異常なのかの境界線が消えてしまったようにも見えます。この傾向は日本で特に強いようですね。

安倍政権の政治的権力の強さがこうした傾向を助長しています。証券市場の総本山である日本取引所(旧東証)のトップだった斉藤惇氏が問題点をついています。「国家権力の中で政治の力が過度に強まっている。筋違いな政治家の要求は以前は官僚が蹴っていた。今は人事権も首相官邸が握り、政官のバランスが崩れてしまった」(日経12月24日)の発言は的確です。

財務省の元次官が嘆いていました。「官邸は人事権で官僚を動かしている。政治との政策論争を通じて方向を決めていくべきだ。その前提として、行政機構、官僚機構には継続性と安定性が保障されなければならない。官邸は人事権を振り回すので、間違ったら暴走しかねない」。

政治へのチェック機能の後退


官僚も硬直性、前例踏襲主義で、日本の空白を作った責任があり、えらそうなことをいってはいけません。そういう面が多分にあるにせよ、専門的知識、基本的政策の継続性の面で、政治権力に対するチェック機能を果たすところは、やはり必要です。

安倍首相の政治力の強さに、多くの学者も感覚がおかしくなっています。東大名誉教授の御厨貴氏の発言に驚きました。「アベノミクスの名の元で、経済政策を最優先課題としたのは見事だった。菅官房長官が官邸の機能を強化し、政策実現の流れを速くするのに成功した」(読売8月13日)。ここまでいいますかねえ。ここまでほめますかねえ。アベノミクスの正常なところと異常なところを見分け、問題点を提起するのが学者の役割です。

経済学者にも言及しましょう。米連邦準備理事会(FRB)によるゼロ金利政策からの転換について、経済学者がこんなことを書いていました。「今回の利上げは、政策当局が世界の金融市場とのコミュニケーション戦略を首尾よくこなしたことを意味する。粘り強いアナウンスを繰り返し、市場に利上げを織り込ませるのに成功した」(田中隆之・専大教授、日経経済教室、24日)。

市場機能が後退した市場経済か


多くの学者、エコノミストはこの教授と同じように、市場に対する事前誘導(フォワードガイダンス)を評価しています。市場が政策当局の意図を誤解し、株価が急落するようになっては実体経済にも影響が及びます。それを心配するのは分るにしても、事前誘導は正常なことではない、との認識が必要ではないでしょうか。世界の市場は政策当局に事前誘導されることは異常なのだと、思わねばなりません。日本を含め事前誘導主義は常態化しています。異常性も伝播するのがグローバリゼーションの重大な欠陥でしょう。

こうした異常な現象は、市場機能が失われていることと表裏の関係にあります。なぜそうなったのかといえば、超金融緩和によりゼロ金利が長期化し、金利の調整機能が失われていることです。超緩和という異常な状態が、正常な状態なら働くはずの調節機能を奪ってしまっているのです。異常が正常を飲み込んでしまったことに警鐘を鳴らすべきでしょう。市場経済といいながら、マネー市場では市場の調整機能が働いていないとはね。

超金融緩和の副作用については、ブログで何度も言及してきました。新しい比喩を使えば、超緩和は大量破壊兵器みたいものです。デフレや低成長という敵にある程度、効き目があったとしても、行使すれば市場自体も破壊するという致命的な欠陥を持っています。黒田日銀総裁はいまだに「必要あるなら、ためらわず追加緩和する」と発言し、つまり大量破壊兵器をまた使うことを示唆しています。この兵器はひとたび使うと、容易には引っ込みがつかなくなるのです。

正常なことなんかやっていられないか


「株価依存症」、「金融緩和依存症」という病名も最近、聞かれるようなりました。中央銀行の総裁は政治側が任命しますから、こうした異常な現象も、政治が経済を飲み込んでしまった結果といえるのではないでしょうか。米国はそのリスクに対し、手を打ち始めているのです。

政治主導の中で、「予算の自然増収を軽減税率の財源にする」、「税収が上振れたので、歳出を増やしても悪影響はない」という財政論がしばしば聞かれます。これも正常が異常に飲み込まれていることを意味します。最近の自然増収は、財政・金融政策の効果によるものですから、国債発行の減額、日銀の国債引き受けの削減にあてるの正常な姿です。そんな正論がなかなか通らなくなりましたね。

恐らく政治も中央銀行も、「世界経済が異常事態なのだから、正常なことなんかやっていられない」、「日本だけが正常なことをやっていられない。それがグローバリゼーションの意味だ」という意識なのでしょう。「みんなが異常なのだから」と思えば、気が楽になるということなのでしょう。

中村 仁
読売新聞で長く経済記者として、財務省、経産省、日銀などを担当、ワシントン特派員も経験。その後、中央公論新社、読売新聞大阪本社社長を歴任した。2013年の退職を契機にブログ活動を開始、経済、政治、社会問題に対する考え方を、メディア論を交えて発言する。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2015年12月27日の記事を転載させていただきました。転載を快諾いただいた中村氏に心より感謝いたします。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。

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