【映画評】母と暮せば --- 渡 まち子

2016年01月11日 06:00

1945年8月9日、長崎に原子爆弾が投下され一瞬にして多くの命が奪われた。それから3年後、助産師をしている伸子の前に原爆で亡くしたはずの息子・浩二が亡霊となって現れる。それからというもの、浩二はたびたび伸子の前に現われては、思い出話や、将来を約束した恋人・町子のことを話しては去っていく。母子の時間は、奇妙だがとても楽しかったが、いつかは現実を受け入れなければならいことを2人は分かっていた…。

山田洋次監督が井上ひさしの遺志を継ぐ形で作り上げたファンタジー風味のドラマ「母と暮せば」。故・井上ひさしの名作で広島を舞台にした「父と暮せば」と対になるような作品で、井上は長崎を描きたいとずっと切望していたそうだ。強い印象を残す場面が2つある。ひとつは映画序盤に、大学で授業を受けている浩二のガラスのインク壺が一瞬で溶ける様子で原爆の強烈さを見事に表した場面。原爆を直接的に描くのはこの場面だけで、監督がこだわったというだけあって、強く脳裏に焼き付いた。

もうひとつは、セリフだが、浩二が自分が死んで恋人が生き残ったのは“運命”だと言うと、母の伸子はそれに強く反発し「運命ではない。あれは人間が計画して行った大きな悲劇なのだ」と断言する言葉だ。この2つに山田監督の反戦メッセージが凝縮されているように思う。息子の死を受け入れられない母親と、現世に無念を残す息子の関係が切ないが、「父と暮せば」にも登場した、生き残ったことへの後ろめたさを体現する恋人の哀しみもまたやるせない。

ただ、あのラストはちょっとなぁ…、と思う。長崎はキリスト教が根付いた風土なので、あのような演出だったのは理解できるが、何ともいえない違和感を感じてしまった。それはさておき、原爆投下の日を知らない世代が年々増えている昨今、二宮和也ファンの若い世代が戦争の悲劇を感じてくれるのが、この映画の最大の役割だろう。もちろん、あたたかいタッチのファンタジーなのでどんな世代が見ても感動できる丁寧なドラマに仕上がっている。
【70点】
(原題「母と暮せば」)
(日本/山田洋次監督/吉永小百合、二宮和也、黒木華、他)
(反戦度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2015年12月12日の記事を転載させていただきました(動画はアゴラ編集部)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。

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