子供が人工知能に仕事を奪われないための教育改革

鈴木 寛

あけましておめでとうございます。

文部科学省で一昨年から進めている教育改革は「明治以来」とも言われますが、実行フェーズに際して本年も様々なご意見、議論が闊達になるものと思われます。簡単にですが、この改革の意義と狙いについて振り返り、皆様の議論の材料としていただきたいと思います。

昨年8月、2つの動きがありました。
まずは新しい学習指導要領づくり。中央教育審議会(中教審)の教育課程企画特別部会でその論点整理が終わり、高校では、国内外の近現代史を重点的に学び、暗記偏重の歴史から歴史的思考力育成を重視した「歴史総合」などの新科目を設置。児童生徒が主体的に学び問題を解決する「アクティブ・ラーニング」を導入していく方針になりました。

もう一つは、高大接続システム改革会議の中間まとめ。多面的・総合的に評価・判定する入学者選抜への転換などを目指したアドミッション・ポリシー(AP、入学者選抜方針)の改革、大学教育の内容・体制と修了認定を見直すカリキュラム・ポリシー(CP)・ディプロマ・ポリシー(DP)改革を打ち出しました。

一連の教育改革の底流にあるコンセプトは「卒近代」。具体的には「脱・丸暗記」教育が柱です。工業化社会の時代は、「丸暗記」に強い人材、つまり、朝決まった時間に工場に出勤し、確立された作業マニュアルとオートメーションの下、素早く正確に作業を行うことができる人材が、国家・企業の生産力に直結していました。日本が戦後、世界随一の工業立国になれた背景に教育の後押しがあったのは言うまでもありません。

ところが、テクノロジーの進化、情報化社会のシフトにより、そうした人材が機械に代替されていきます。暗記力と反復が得意なだけの人材はロボットに負けるのが必然です。ロボットが進化し、2045年には人工知能(AI)が人間の脳を超える「シンギュラリティ(技術的特異点)」が訪れるという予測もありますが、東大入試合格に5年前から挑戦している、国立情報学研究所の「東ロボ君」が昨秋、センター試験で有名私大の合格圏に入ってきた報道もありました。自動運転タクシーの実証実験が今年から始まりますし、将来普及すれば運転手の雇用も奪います。シンギュラリティは遠い未来ではないのです。

こうした未来を見据える中、議員時代から私は長年、日本の「丸暗記」型教育を変えるためのクリティカルポイントがどこにあるか考えてまいりましたが、大学受験制度を改革することが高校→中学と学校現場を変えることにつながると結論付けました。現在の大学受験は1979年の共通一次試験導入でマークシート型方式の試験が本格導入されてから36年間、マークシート型、マルチチョイス型が出題の主流です。しかし、それでは丸暗記力と反復力しか問えません。

昨年2月に視察したフランスの「バカロレア」は、徹底した論述式で思考力を問うています。日本が参考にする一つのモデルです。幸いにも日本の子供達はOECDが加盟国の15歳を対象に行っているPISA調査(学習到達度調査)で、科学リテラシーが34カ国中1位、読解力1位、数学2位、総合1位でした(12年度)。PISAは、暗記力や反復力ではなく、思考力や判断力を判定しています。

前述したシンギュラリティが訪れるかもしれない2045年は通過点に過ぎません。いま15歳の子供たちの寿命が80~100歳だと仮定すると、彼らは21世紀の後半まで生きていきます。文科省や大学・学校はもとより、企業も含め、社会的に決定権を握る私たちの世代が、立場を問わず、22世紀の架け橋となる世代をどう育てていくのか、「未来への責任」を問われているのです。

suzukan
鈴木寛 文部科学大臣補佐官/東京大学大学院・慶應義塾大学教授
1964年生まれ。東京大学法学部卒業後、86年通産省入省。2001年参議院議員初当選(東京都)、13年まで2期務める。民主党政権では文部科学副大臣を2期務めた。14年から国立・私立大の正規教員を兼任するクロス・アポイントメント第1号として東京大学、慶応義塾大学の教授に就任。同年、日本サッカー協会理事。15年2月から現職。著書に『熟議のススメ』(講談社)などがある。


編集部より;この記事は編集部より、鈴木寛・文部科学大臣補佐官に依頼し、「月刊経団連」15年12月号掲載の鈴木氏の原稿の要旨部分に最近の動向を加筆いただいて転載しました。快諾いただいた鈴木氏、日本経済団体連合会・広報本部に御礼申し上げます。