西アフリカのシェラレオネ出身のカンデ・ユムケラー氏が2期8年間(2005~13年)を満了し、国連工業開発機関(UNIDO)から潘基文国連事務総長が新設した「全ての人のための持続可能なエネルギー」(SE4ALL)機関の事務総長特別代表に就任した時、「悪評が絶えなかったUNIDOも、夜明けを迎えるかもしれない」と楽観的な声が職員の一部から聞こえた。
▲加盟国から事務局長当選の祝辞を受ける李勇氏(2013年6月24日、撮影 )
欧米主要国、米国、英国、カナダ、オーストラリア、フランス、ニュージランドなどはUNIDOの腐敗と運営の非効率性に嫌気がさして次々と脱退していった。ユムケラー時代は最悪の状況だった。ちなみに、米国は1996年の脱退当時、「UNIDOは腐敗した機関」として分担金を払わず一方的にUNIDOから脱退した経緯がある。米国はUNIDOに対して1994年から96年まで約6900万ドルの分担金未払いだった。
ユムケラー氏の後任に中国のエリート官僚、李勇財政部副部長が2013年6月、選出された後、UNIDO内でも中国人の登場に期待の声があった。しかし、李事務局長がトップに就任した後も加盟国の脱退は続いた。ベルギーが脱退し、ギリシャ、デンマーク両国は今年末までには脱退する、といった具合だ。
李氏はここにきて事務局の機構改革に乗り出している。Chief of Cabinetと呼ばれるオフィスを新設するなど、事務局長の権限拡大、中央集権的機構に改革する意向という(1月27日付の「事務局長報告書」から)。李事務局長は、「昨年の国連総会で2015年以降の持続可能な開発目標が採択され、気候変動への対処など17の目標が設定された。UNIDOはその目標を担う重要な課題を担っている」と述べ、国連の新目標設定を契機にUNIDOの浮上を目論んでいる。
ここまでは良かったが、「李事務局長が前任者の不法行為への調査を止めさせた」という内部告発文書が明らかになったのだ。それによると、ユムケラー氏がSE4ALL事務総長特別代表に就任後もUNIDOのコンピューター、携帯電話などを使用し、月平均1万ユーロの経費をUNIDO予算から捻出させていたというのだ。内部監視局が調査に乗り出そうとしたが、李事務局長がそれをストップさせたのだ。同内容が伝わると、「なぜ李事務局長は前任者の腐敗を隠蔽するのか」といった声が出てきたわけだ。
国連外交筋は、「前任者のユムケラー氏と李事務局長の間でなんらかの取り決めがあったからだろう」と受け取っている。換言すれば、中国人のトップ選出を支援する代わりに、何らかの経済的援助を実施する、といった一種の闇取引だ。
興味深い点は、国連機関で前任者がアフリカ人事務局長の場合、後任に中国人が選出されるケースが増えていることだ。アフリカ事務局長から中国人事務局長への人事はUNIDOだけではない。スイス・ジュネーブに本部を置く国際電気通信連合(ITU)の事務局長はマリ出身のハマドゥン・ㇳゥーレ氏から中国人の趙厚麟事務局長(Houlin Zhao)が今年1月1日から就任したばかりだ。
その他、カナダのモントリオールに本部を置く国際民間航空機関(ICAO)は中国の柳芳(リウ・ファン)氏が昨年8月から事務局長を務め、世界保健機関(WHO)の陳馮富珍(マーガレット・チャン)事務局長を含めれば、国連機関の事務局長に4人の中国人が就任している。
中国はアフリカ51カ国で2650余りの開発プロジェクト(総額940億ドルと推定)を進めている。中国は巨額な開発支援をアフリカに投入する一方、その引き換えにアフリカ諸国から国際機関のトップ選出で支援を受けるなど、強かな外交を展開させているわけだ。
蛇足だが、ウィーンの国連関係者は、「日本はUNIDOでは中国の李事務局長の願い通りに資金を提供している。それも何の引換えも要求せずにだ。日中両国は歴史問題などを抱えて政治的には険悪な関係だが、UNIDOでは日本は中国の忠実な資金提供者となっている」と指摘する。
先の国連外交筋は、「日本外務省の窓口ともなっているUNIDOのナンバー2、西川泰藏事務局次長と李事務局長との関係は不思議なほど良好だ」と述べ、中国側の得意の“裏外交”の成果と示唆した。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年2月18日の記事を転載させていただきました(編集部でタイトル改稿)。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。