放送の姿を一変させるIT化の可能性

中村 伊知哉

民放連のレポート「民放のメディア価値向上に向けた検討」に、「放送の姿を一変させるIT化の可能性」と題し、一文を寄せました。

このブログをお読みのみなさんではなく、民放経営幹部向けに記したものなので、いつものトーンを抑え、自制的に語っていますが、ご参考まで。
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放送・通信融合という言葉は20年以上前に生まれた。10年前、IT企業が放送局を欲しがり、騒ぎとなった。しかし、大きく動きはしなかった。放送局は豊かな番組と盤石な電波という2つの強みを持つ。強みがゆえに、慌ててビジネスを変える必要がないというのが民放界の基本的な考えだった。

その後、世界のIT化は進み、情勢は一変した。日本にもYouTubeが到来し、Apple TVなどのスマートテレビが押し寄せた。黒船来襲とばかり関係者は身構えた。だが、VODなど映像配信市場は拡大し、スマホの普及も進む。これはチャンスでもある。

そこで民放もIT対応を本格化させる。今度は強みを活かすという戦略だ。私が座長を務める「民放のネット・デジタル関連ビジネス研究プロジェクト」でこの4年間を通じて民放関係者と共有しているのは、日本型のスマートテレビがアメリカ型に対抗し得る、いやむしろリードし得るのではないかという感触だ。

しかし、2020年を展望すると、これまでの文法が通じるとは限らない。放送番組を通信利用するという単純な構図を超えた、新しいステージを迎えるからだ。3つポイントがある。

第一に、スマート化による環境変化。大画面のテレビが主で、スマホが従という分担がくつがえり、2020年にはスマホが第一スクリーンとなっているかもしれない。あるいは8Kないしそれ以上のものが街中に張り巡らされ、五輪はパブリックビューイングで盛り上がるライブ感が重視されているかもしれない。テレビは茶の間のものではなく、脱リビングが主流となっているかもしれない。

第二に、国際化。五輪にやってくる世界中のかたがたをおもてなしするため、どの国のスマホでも中継が見られるようにせよという圧力がかかる。wifiでの視聴を前提とすると、放送がIPベースとなる可能性もある。これはコンテンツが国際流通することを意味する。いよいよテレビの海外展開にドライブがかかる。

第三に、脱スマート化。IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)の本格ブームが到来している。放送も無縁ではなかろう。ウォッチやグラスなどのウェアラブル機器、自動車、ロボットにどんな情報やデータを発信するのか。街中に埋め込まれたセンサーや無数に飛び交うドローンから寄せられる情報をどう活かすのか。これは従来の放送の姿を一変させる可能性がある。

さらに、AIは視聴者にも放送局にも作用する。スマホに埋め込まれた私のAIエージェントが、自分の観るべき番組を選定する。自動作曲するAIが登場しているが、映像を自動制作するAIも現れよう。ニュースの編集もAIが行えるようになるのでは。今はまだ空想の段階だが、2020年には技術の可能性が見えているだろう。

地デジが整備され、ネットとの連携が見定められた後、放送が果たす役割が改めて問われている。そしてそれは、資産を守るというより、新しい分野を開拓していく、そんな覚悟を求める問いなのではないか。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2016年3月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。