「官製グリーン経済」に賭けるしかない中国の憂鬱 --- Nick Sakai

こんにちは、テスラシンドロームウオッチャーのNick Sakaiです。前回の投稿テスラが日本の自動車・電機メーカーを破壊する日でテスラのビジネスモデルを説明しましたが、今日はその前史、つまりそのようなモデルが可能になった時代背景を説明させてください。

皆さん、10年前に流行ったグリーンエコノミー(経済)という言葉を覚えていますか?辞書によれば、「環境保全や持続可能な循環型社会などを基盤とする経済。」。ドイツを中心とする環境原理主義的な欧州が提唱し、オバマ大統領が就任時の目玉としてグリーンニューディール政策を打ち出しました。2008年、グリーン経済への移行を促進するため、国連環境計画(UNEP)を中心として、グリーン経済イニシ アチブが立ち上げられました。

その本質を簡単に言えば、「火力発電やガソリンに頼った経済は持続可能でないから、太陽光発電などの再生可能エネルギーを普及させて、それでお金を儲ければ、経済も廻ってハッピー・ハッピーじゃないか。」です。化石燃料が排出する二酸化炭素に値段を付けて市場で売り買いしたり、特にドイツで、思い切り高い固定価格で太陽光で発電した電力を買い取らせて、消費者に転嫁したりしました。「大丈夫、大丈夫。心配ないです。最初にちょっとだけお金はかかるけど、太陽光パネルの製造・設置・発電という新しい産業が生まれて、雇用も創出するし、これを世界に輸出すれば国民にリターンが帰ってくるからね。大もうけできますよ。」というシナリオ が当時世界的にそこそこ支持されました。

実際にドイツでQセルズという太陽光パネルメーカーが誕生し、世界の強敵シャープを蹴落として、販売シェア世界一になったりしました。また、当時欧州の金融業界(ドイツバンクとかソシエテジェネラルとか)は飛ぶ鳥を落とす勢いで、カーボンクレジットをフィンテックと組み合わせて世界を席巻するぜと鼻息が荒かったものです。「すごいな欧州。これは意外といけるかもしれないな。」と当時の私もすっかりグリーン経済の信奉者になってしまいました。若気の至りです。

ところが、2007年のリーマンショックを境に、このモデルは音を立てて崩れていきます。まず、想定外の中国の参入。商機とみた中国企業が太陽電池製造事 業に参入し、世界市場をあっという間に席巻しました(今も世界シェアを独占してます)。この時の中国の勢いは凄かったです。お客さんに金額の入っていない請求書を渡して、「価格はそっちで決めてくれ」。当時おつきあいの合った日本のメーカーの営業は嘆いていました。考えてみれば、太陽電池は半導体ができる前の半製品のようなもので、品質での差別化が難しいコモディティ。できるだけ大規模な工場を作って、安い労働者を使って製造すれば勝てるビジネスだったので、「世界の工場」中国が席巻するのは時間の問題でした。Qセルズは2012年に価格競争に負けて倒産し、ドイツでの太陽電池販売はほぼ中国勢に独占されることになり、国民が高い電気料金を払って中国メーカーに貢ぐという構図になっ てしまいました。ちなみにシャープが躓く主因となった堺工場を建てたのもこのころです。泥沼の拡大戦線に突っ込んでいかれました。

一方、カーボンマーケットもあっけなく下火になります。空気を読んだ日本政府が2012年に京都議定書から離脱したことも背中を押しました。今も市場はありますが二酸化炭素価格は大暴落。値段がつきません。だって、誰も買う人がいないのですから。

ところがドイツもアメリカも、その頃の経済は別の要因で結構うまく廻っていたので(ギリシャ危機で焼け太りとか)、グリーン経済は「なかったこと」にされてしまいました。そんなこと言ったっけって感じです。今では、誰もこの言葉を口に出しません。オバマ大統領もメルケル首相も 逃げ足が早すぎです。本当にいいのか国際社会。安倍首相には伊勢志摩サミットで突っ込みをいれてもらいたい。「アレどうなった?」って。

で、この一連の顛末をずっと観察してきた私なりの教訓はというと。「政府に商売を仕切らせるとロクなことにはならない」ということです。新しいビジネスモデルの構築は、官主導で行うべきでなく、規制を緩和して民間企業や市場に委ねるべきだと思うのです。政府の役割は、誰か悪いことしないか監視する程度でいいです。

結局、この騒動の結果を一言でいうと、ドイツ国民が高い電気料金を払って、中国企業が大もうけしたということです。でも、よかったこともあります。それは太陽電池の価格が劇的に下がったということで す。そして、イーロンマスクがむちゃくちゃ安くなった太陽電池と蓄電池と電気自動車を2016年4月にパッケージで売り出して、市場が勝手に動き出し始めたことです。商才に長けた孫正義さんもインドで大規模ソーラー発電所を仕込んでいる様子、別の言い方をすれば、ドイツ国民が犠牲となって、ベンチャーにビジネス機会をプレゼントしたことです。やっぱり、こうしたイノベーションは、政府より民間ベンチャーが起こすのです。

さて、中国はというと。おごる平家は久しからず、無常です。太陽電池製造シェア圧倒的世界一。ライバルは殆ど市場からキックアウトさせた。しかし、そんなにハッピーエンドではないようなのです。

今2015年に上海株式市場がクラッシュして 「世界の工場」の地位が揺らいでいます。ドイツの太陽光発電買い取り価格も下がってきたし、甘い価格で儲けの得られる市場は日本くらい。でも、先行き渋そう。信じられないくらいの供給過剰で、倉庫に太陽電池が積み上げられている惨状。(それをただ同然で引き取っているのがイーロンマスク)誰もグリーン経済やらないなら偉大なる中国が世界を牽引してやるぜということで、今凄い勢いで、中国全土に太陽光発電所を作りまくっています。ぶっちぎりの世界一です。石炭発電を再生可能エネルギーに置き換えれば、PM2.5問題も解決できるし一挙両得じゃないかということのようで、ニューノーマルの柱の一つになっています。

去年 「2015年中国太陽光発電指導者サミット」を開い て、中国国家エネルギー局新エネルギー・再生可能エネルギー司の梁志鵬副司長は「太陽光発電に対する補助金は、今後8~10年は打ち切らない」と宣いました。まさに中国版官製グリーン経済です。スキームも一緒で、中国国民が払う電気料金に上乗せされていきます。でも、百戦錬磨の欧米がうまくいかなかったこのモデル。太陽電池を作っているのは国営企業だし、工場作ってしまったし、従業員解雇できないし、原材料のシリコンは買い付けてしまったしで、後には引けず、中国政府の孤独なレースは続いていくのです。頑張れ中国。

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