インフレとデフレが混在する歪な日本経済

アゴラでの2016年5月14日のエントリー「デフレの本当の正体・黒田日銀が2%達成できない訳」はおかげ様で大変多くの方にお読みいただくとともに、多くの方から辛口のコメントをいただきました。

拙稿の趣旨は、以下のようなものでした。

プラザ合意による荒っぽい円高により、1985年から88年までの僅か3年でドルベースで日本の物価が2倍になった。グローバル経済下での世界大競争によって、氷河期世代は非正規労働者となり、自らの賃金を半分以下に削られた。しかし、消費者物価は賃金下落幅ほど下がらず微減にとどまった。

この若年・中年層の購買力が極端に落ちたために、ものが売れなくなった。これが「デフレの本当の正体」。デフレの正体とは、非正規労働者にとっての実質的な物価上昇、すなわち相対的な「インフレ」である。

このエントリーは非常に粗い論旨展開でしたので、以下の図に私のいいたいことをまとめてみました。

 

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グローバル経済化による世界大競争下での急激な円高(プラザ合意)によって、日本の輸出産業は競争力を低下させます。その対抗策として、日本企業は終身雇用・年功序列といった、日本的雇用慣行を捨て去り、氷河期世代は社員になれずに非正規従業員として、収入は大幅に円高補正され円ベースで激減します。

農林水産業や流通・サービス業などの内需産業は、基本的には国際競争の影響に晒されません。例えば、レタスなどの海外輸入品の競争が少ない生鮮野菜や、市場差別化が進んだ国産牛肉を生産する畜産業、鉄道やタクシーなどのサービス業などは、燃料費などの円高メリットを受けつつ、価格の下方硬直性という日本の「慣習」によって、円ベースでの売価は変えずに、従来以上の利潤を得ます。(そこで働く人が裕福かどうかは別の議論です。)その価格は、ドルベースで見ると3年で2倍以上に跳ね上がり、「ドルベース」での賃金補正をまともに受けた製造業非正規給与所得者にとっては大幅な物価高、相対的インフレとなります。

もちろん、液晶テレビやパソコンなどの家電・IT機器など世界のコモディティである一部商品は、円高に連動し価格が下がり、消費者物価の押し下げに寄与するのですが、内需製品やサービスは、規制産業であるが故に、なかなか下がりません。海外から非生鮮野菜を仕入れる流通業や、安い燃料費を享受したタクシーや鉄道は運賃を下げずに、その差益を自社の「企業努力」として懐にいれます。その結果、ロスジェネ世代は電車に乗ることもできず、毎日もやしと卵と食パンで生活することになります。

一方、同じ輸出産業にあっても、すでに社員というステータスを獲得していた団塊・バブル世代は、手厚い労働法規制の保護の下、影響を免れ、収入はそれほど下がりません。消費者物価は彼らの収入減以上に下がったので、物価安、デフレが起きます。

内需産業側でも、円高の影響は、その産業の規制度度合いによってさまざまです。

横村さんからは以下のコメントをいただきました。

プラザ合意当時の農家が出荷する米価は1表(60kg)25,000円程度でした。昨年の出荷価格は1俵7000円~8000円です。農作物のほとんど(里芋も含めて)は市場で取引される完全競争にさらされた商品です。私の住む市(埼玉北部)の農業に携わる人の平均年齢は69.5才です。農業が恩恵を受けていたとは思えません。ベルリンの壁の崩壊以後世界的レベルで所得の平準化が進んでいます。国際競争力のある仕事や規制により保護された仕事につく人と国際競争に晒され競争力のない仕事に就く人との所得格差の拡大により一定以上の所得水準のところに過剰な購買力が停滞しているような気がいたします。

私も前のエントリーが非常に粗っぽい論理展開であったことを重々反省しております。その上で申しますと、横村さんの指摘されるように、農産物のかなりの部分が市場競争に晒されているというのは事実だと思いますが、農協による供給チャネルの寡占や、日本の農業保護政策によって世界の農家間での大競争が繰り広げられる完全市場と言える状況ではないと思います。(それと農民が豊がかどうかは別の議論です。工場の非正規労働者ほどレタス・里芋農家は国際競争に晒されていないと申し上げたいのです。)

米価の最近の下落ですが、手厚い政府の保護規制により高い価格で護られていたのが、一部市場メカニズムの導入が進んだことにより、円高によって価格競争力を付けた小麦やパンなど代替物への対抗上、競争的市場により下げられたものです。その意味では、国際市場の影響を受けたといえますが、しかしまだ、それでも米価は小麦の値段よりは高く、困窮者は食パンやうどん粉で飢えをしのいでいます。加えて、その麦価ですら国の価格統制下にあり、国際市場より高い水準にあります。小麦・米が完全に国際市場化すれば、今の水準からさらに価格は下がり、非正規労働者でも口にしやすい価格に収斂するでしょう。

しかしだからと言って、農家が全て独占利潤を謳歌し裕福な暮らしをされているというつもりも毛頭ありません。耕作地の少なさや、農業従事者の高齢化など構造的要因を抱えられていて、多くの農業従事者の所得は高くないと思います。ただそれは別の構造要因です。一方で、レタスの栽培や大規模和牛育成など、アグリ・ビジネスで大きな利益を上げられている方が多くいらっしゃるのも事実です。これらの内需産業で稼いだ方々は、その円をドルに換算すれば、プラザ合意以前の2倍の価値を消費することができます。

今川さんからは以下のコメントをいただきました。

なんか変な感じ。「消費者物価は全く下がらず」家電製品や衣料品などは随分安くなったなあと思います。物価が下がる現象をデフレと言うのだと思っていましたが、政府の物価統計の測定方法が間違っていたっていう話?すでに構造的にドルベースでは日本はインフレだから、もうこれ以上インフレにならないって話?アメリカの人がドルで里芋を買うって話?世代間の富の再分配がデフレと関係があるって話?

整理されていない文章、申し訳ありません。私の言いたいことは、以下のとおりです。

1 輸出産業・内需産業ともに、上の図のように、既得権益を有する高所得層と、既得権益の外に留め置かれた低所得層が分離されている。全体としての、絶対的な消費者物価は近年下落・膠着傾向にあり、高収入層にとっては、デフレであるが、世界競争で機会利益を遺失し、ドル換算の賃金に留め置かれた非正規雇用層から見ると、相対的な物価上昇が起きている。購買者の二極化が起きている。

2 一方で、コモディティと化した多くの工業製品や、牛丼、ユニクロなどの一部の商品は円ベースで大幅に価格が下落した一方で、多くの内需物品・サービスの値段は、広い意味での保護規制により殆ど下がっていないという物価の二極化も起きている。

3 日銀のマイナス金利などの金融政策や財政政策で、これをミックスして「標準的な日本人像」で「標準的な商品価格」をイメージして需要を喚起しても意味が無い。ロスジェネ・ゆとり世代などの低収入層は相対的インフレに直面し、購買力がないので、これ以上の消費が難しい。一方で、団塊・バブル富裕層は、デフレのメリットを謳歌し、低金利でのタワーマンション購入や旅行、高級レストランでの外食など、既にフルスロットルで消費を謳歌しているので、これ以上需要喚起しても限界効用は低い。

4 だから、この歪んだ、所得構造と商品構造の2極化を是正しない限り、2%のインフレ目標は達成できない。

私は決して農業にグローバルな完全市場を持ち込めと言っているのではありません。日本人の過半が、規制・保護化にあり、氷河期・ゆとり世代の非正規労働者だけが、完全国際競争市場に晒されている現状を分析しているのです。ただ、私の考える解決への処方箋は、非正規層の賃金の引き上げと、保護規制撤廃による値付けアンバランスの補正ですが、これらは、IoT・シェア経済と少子高齢化という構造変革によって自然に是正されるというのが私の楽観的な見通しです。

まだまだ言葉足らずですので、この問題はさらに掘り下げてまいります。