米国の破壊者は「ドナルド・トランプ」ではなく「ヒラリー」と「サンダース」である
筆者は昨年から主に選挙キャンペーンの観点から大統領予備選挙においてトランプ勝利を明言し、現在もトランプがヒラリーに大統領選挙本選で勝利することを予測しています。
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一方、「なぜ、トランプ現象が起きたのか」ということについて、メディアや知識人が経済格差やスピーチ力などの様々な理由をつけて説明しています。しかし、それらの大半は極めてポピュリズムな観点に基づく分析が多いことを残念に思っています。なぜなら、トランプ現象は米国に深く根差した政治思想の観点から説明することが可能だからです。
政治学者ルイス・ハーツが指摘するように、米国は封建制度を経験していない建国以来の自由主義国家です。
米国では王族や貴族が存在していないことによって反革命もなく、小資本家・農民・プロレタリアートも含めて民衆がプチブルジョワの心性を共有しているために社会主義に傾倒することもありませんでした。
米国=アメリカン・ドリームという思想は「誰もが成功することができる」という信念に支えられた社会風土の中から生まれたものです。米国の支配的な認識の下では、生まれながらの貴族階級も無ければ絶望した底辺の貧困層も存在していませんでした。米国は努力すれば誰もが成功を手にすることができる国、自由主義を国是とする国家とされてきました。
つまり、「絶対化された自由主義思想」こそが「米国の自己イメージ」ということになります。
そして、共和党は絶対化された自由主義思想の体現者であるとともに、民主党であったとしても思想的なベースを変更することなくプラグマティックな対応を行う政党であることに変わりはありません。
多くの日本人は日本国と180度異なる発想で建国された米国という国家を理解することができていません。そして、近年では米国でも大学などで左派的な教育を受けた知識人はその国是を失いつつあるのかもしれません。
米国という国家への無理解の結果が「トランプは米国を破壊する」という不可思議な言説の氾濫に端的に現われていると思います。米国を破壊するのは「トランプ」ではなく「ヒラリー」と「サンダース」なのです。
米国に生まれた「貴族=ヒラリー」と「社会主義者=サンダース」という異分子
ヒラリー・クリントンはイェール大学のロースクールを修了した才女で政治的なキャリアの色が強い法律家として華々しいキャリアを誇っています。
彼女は夫であるビル・クリントン大統領の政治的な影響力を背景に医療保険改革問題特別専門委員会委員長に就任する前代未聞の猟官ぶりを発揮した上に、ホワイトハウスにはファーストレディーのオフィスだけでなく、大統領執務室があるウエストウイングにも特別に自分用の執務室を構えていました。
そして、「ビラリー」(ビル+ヒラリー)または「共同大統領」と呼ばれるほどに権勢を振るい、その後もファーストレディーとしての経歴を利用して上院議員選挙に出馬・当選、大統領選挙予備選挙でオバマに敗れるまで、夫の名声を嵩にきてやりたい放題の振る舞いを繰り返してきています。
まさに、閨閥の威光を利用するエスタブリッシュメント(貴族)としての道を爆進してきた人であり、現在は米国初の「夫婦で大統領になる」という政治の私物化とも言えるようなプロジェクトに挑戦しています。ヒラリーは「大統領になって何がしたいか分からない」と批判されますが、彼女は貴族として立候補しているのだから大衆との約束が無くても当然でしょう。
一方のサンダースは、ポーランド系ユダヤ人で大学卒業後にイスラエルのキブツで過ごした後に格差の少ない社会が良いという思想に染まったバリバリの社会主義者で実兄ラリーがイギリスの緑の党の政治家という人物です。
若いころから米国で超少数勢力であった労働ユニオン党から連邦議員・州知事選挙に何度も立候補するも惨敗を繰り返し、無所属で出馬したバーリントン市長選挙で初勝利。その後、再び下院選挙に立候補するも落選、しかし不屈の闘志で再度立候補して下院議員になった筋金入りの社会主義者です。
おまけに、70年代・80年代に138回爆破テロを起こした、FALNというマルクス・レーニン主義のプエルトリコテロリストグループの主犯格の釈放をオバマに直訴したトンデモ・エピソードも保守派から指摘されています。
上記の経緯からサンダースは民主党に必ずしもシンパシーがあるわけではなく、米国の中では珍しいであろう極端に左派的な経歴を持った政治家だということが言えます。(無所属議員として民主党と院内会派を結成)
両者の特徴はビジネス経験は全く存在せずに政治を利用して台頭してきたキャリアの人物ということになります。つまり、ヒラリーもサンダースも米国の伝統である「絶対的な自由主義」という観点からは逸脱した存在なのです。
現在の状況は米国には建前上存在しないはずの「貴族」と「社会主義者」が現れて、民主党という政党を利用して「米国を乗っ取ろうとしている」状況だと言えるでしょう。
トランプ現象が起きた理由は「米国の伝統が脅かされた」ことに原因がある
一方の共和党側でも昨年段階ではブッシュ家というエスタブリッシュメントがクリントン家ばりに大統領職を私物化しようと画策している状況でした。しかし、結果は読者も知っているようにブッシュは惨敗し、エスタブリッシュメントの「アンチ・トランプ」キャンペーンは全く効果を発揮しませんでした。(ブッシュ以外の予備選挙候補者もフィオリーナを除いてビジネス経験がほぼ皆無の人々でした。)
筆者は昨年からトランプ氏の選挙キャンペーンの巧みさを指摘してきましたが、同時にトランプ現象については「米国の伝統」を背景とした米国人の根源的な危機意識の表れと捉えています。
トランプ現象の解説として一般的に述べられる「経済格差を背景とした白人下層の盛り上がり」という説明では説明不足なのです。なぜなら、経済格差の単純な是正を求める人々は、共和党ではなく民主党、そしてサンダース支持者になっているはずだからです。
ドナルド・トランプ氏は不動産ビジネスで財を成した人物であり、その人生についてもまるで映画のような浮き沈みを繰り返してきた人物です。ビジネスを通じたアメリカンドリームの体現者であり、まさに米国が絶対視してきた自由主義に基づく人生を送ってきました。彼は経済格差の是正と親和性があるような候補者ではありません。(共和党の予備選挙では比較的リベラルな候補者ではありましたが・・・)
そのトランプ氏がガサツに語る言葉や振る舞い、そして背景にある強いビジネスへの信望感こそが「米国が米国であること」そのものなのです。ヒラリーやサンダースらの「米国の伝統の破壊者」に対し、「米国の大衆が拒否意識を持った」ことによって生まれた存在が「トランプ」なのです。
ドナルド・トランプは「米国の破壊者ではなく救世主」である
したがって、現時点において、トランプは米国を破壊するどころか、米国の伝統を守る「救世主」である、ということができると思います。トランプの出現・台頭は現在の米国の政治シーンにおいては必然のことであり、米国を破壊しようとする人々に米国の本能が牙を剥いたものと理解するべきです。
米国の「絶対的な自由主義」は場合によっては独善的な思考を生み出すことにも繋がります。筆者はトランプ氏の選挙用のセンセーショナルな発言も「米国の伝統」に対して相容れない対象に対する根源的な反発を背景としたものであるように感じます。
米国は自由主義を国是とした生まれた国であり、封建制に虐げられてきたアジア人や欧州人には到底理解できないイデオロギーによって作られた国です。従来までの彼らなら特権階級の存在を受け入れることもなければ格差による絶望を受け入れることもないでしょう。このような「米国の伝統」を理解せずにトランプ現象を語ることはそもそもできないのです。
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早稲田大学公共政策研究所地域主権研究センター招聘研究員
東京茶会(Tokyo Tea Party)事務局長、一般社団法人Japan Conservative Union 理事
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