わいせつ物頒布罪は廃止すべきである --- 小宮 自由

2016年05月19日 06:00

刑法175条1項には、以下の通り記載されている。

わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、2年以下の懲役若しくは250万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。

法律を学んだことがない人がこれを読んだ場合、必ず疑問に思うことがある。「わいせつ」とは何か、という問題である。最高裁はサンデー娯楽事件において、以下の通り「わいせつ」を定義し、平成26年の判例もこの定義を踏襲している。

1. 徒に性欲を刺激・興奮させること
2. 普通人の正常な性的羞恥心を害すること
3. 善良な性的道義観念に反すること

1は理解しやすい。要は「普通の人が見てエロいと感じる」ということだろう。2は意味不明だ。何が「普通人の正常な性的羞恥心」を害し、何がそうでないのか、私には判断できないし、おそらくほとんどの国民もできないだろう。3に至っては意味不明だ。判例にはこれら3つが具体的に何を意味するかの説明が一切ない。こんな曖昧な基準で犯罪かどうか判断されるのは恐ろしいことではないだろうか。

比較的近年の判例として、平成17年の松文館裁判がある。違法と判断されたので画像は引用できないが、この漫画は特段「エロい」わけではない、巷にあるような標準的な成人向け漫画である。流通方法においても特段他と変わるわけではない。その出版を「犯罪」としたこの判例には様々な問題が含まれているが、根本的な問題は「現状を無視した判断をしている」ということである。以下に該当部分を引用する。

以上のとおりで、本件漫画本は、もっぱら読者の好色的興味に訴えるものであり、今日の健全な社会通念に照らし、いたずらに性欲を興奮又は刺激させ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものであると認められるから、刑法175条のわいせつ物に該当するものと認められる。

「もっぱら読者の好色的興味に訴える」ものが「今日の健全な社会通念に照らし、いたずらに性欲を興奮又は刺激させ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する(=わいせつ物である)」というこの基準に従うのであれば、ほとんどの成人向け漫画がわいせつ物に該当するだろう。SNSのR-18作品や同人誌即売会で販売されている成人向け同人誌も「もっぱら読者の好色的興味に訴える」ばかりなので、全て検挙の対象となる。しかし彼らが軒並み検挙された事例はここ数十年聞いたことがないし、またそうすべきだという意見もほとんど耳にしない。にもかかわらず判例はこう述べている。

原判決の説示するような刑法175条の運用状況からみると、刑法175条に関して、原判決指摘のとおりの社会的な合意が存在していることは明らかである。

「社会的な合意」とはなんであろうか。原判決のうち、それを含む部分を引用する(強調は引用者)。

平成14年までのわいせつ物頒布等被疑事件の検挙人数(中略)はそれぞれ相当数に上っているが、このような刑法175条の運用については、一般国民から特に不当とみられることもなく、むしろ当然のこととして受け入れられていることは公知の事実であり、法律専門家はもとより、一般国民の間においても、性的秩序や最小限度の性道徳、健全な性風俗は維持するべきものであり、その脅威となるべきわいせつ物の頒布等は取り締まるべきである旨の社会的合意が確固として存在している

なるほど多数検挙されていて国民がそれに異を唱えてないので「社会的合意」があるらしい。試しに平成14年の検挙人数を見てみると、400件弱である。確かにこれは多そうに見える。しかし分母を考慮するとどうだろうか。成人向け漫画の一覧を見ると、2002年時点でもかなりの種類が発行されていることがわかる。調べたところ、2002年時点でも少なくとも50冊以上発行されている。それらが月1冊発行されていて、10人の漫画家が執筆していると仮定する。それぞれの作者が執筆した漫画1つ1つがわいせつ物になりうるとすると、その数は1年で 50*12*10 = 6,000件 にも及ぶ。漫画だけでこの数であって、アダルトビデオや同人誌、官能小説を入れたらその数は10,000件を超えるだろう。分母が10,000とすると検挙率は4%でしかない。

平成28年現在はSNSで毎日2,000件を超える成人向けにカテゴリされたイラスト・漫画・小説がアップロードされている。少なく見積もってその1/2だけがわいせつに当たるとしても、1日で1,000件、1ヶ月で30,000件、1年で360,000件である。平成23年から平成27年までの数年の推移を見ると、だいたい1,000件程度であり、検挙率は0.3%以下だ。この数字を見るに、一般国民には「検挙されている」という認識がないだけだ。それを「社会的合意がある」というのは無理がある。

前述の通り近年においてもこの判例は未だ踏襲されている。これは法律論以前の問題で、常識として明らかにおかしい。最高裁にとってはこれが常識かもしれないが、実社会では春画がわいせつに当たるのではないか等というナンセンスな不安が誘発されている。

建前として違法な売春が、実際にはどこでも行われているように、性に対する需要は安定して大規模に存在する。それを「普通人の正常な性的羞恥心」や「善良な性的道義観念」等の曖昧模糊な理由で規制することは不合理である。子どもへの悪影響を考慮したり、それらを見たくない人に配慮したいのであれば、その目的に限定した立法をすればよい。例としては、18禁コーナー以外で成人向け商品を扱った場合に刑事罰を課する、購入前の年齢認証を義務付ける等が挙げられる。このような代替的な方法は誰でもすぐに思いつくし、民間では既に自主規制と称して行われている。

葛飾北斎も春画を書いていたことは歴史的事実だ。それは芸術として書かれたのではなく、もっぱら「実用」の為のものである。「もっぱら読者の好色的興味に訴える」作品は、古来から重要な位置づけであり、またありふれたものであった。それは人が自然に欲する欲求であり、それを作成し、また享受することは人間の根本的な権利の一つである。そのような権利を主観的・抽象的・恣意的な基準で規制するわいせつ物頒布罪は、即刻廃止し、より現実的で明確なルールに置き換えるべきである。

株式会社アットメディア 研究員
小宮 自由(こみや・じゆう)
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