中国の膨張政策とどう向き合うか?

松本 徹三

当面日本にとっての安全保障面の最大の懸念は、言うまでもなく「南シナ海と東シナ海における中国の膨張政策」である。南シナ海が中国の支配下に入ると、日本のシーレインは脅かされるし、東シナ海では、日本の領土と領海が直接脅威にさらされている。

「北朝鮮の核武装と暴発の可能性」も軽視は出来ないし、予期せぬような大惨事が起こるリスクは、或いはこちらの方が大きいかもしれないが、日本の将来により大きな影響を与えるのは、やはり中国との関係だろう。

中国の膨張主義の背景は十分理解できる

中国の膨張政策については、「諸外国との多少の摩擦はあっても、彼等がその道を取らざるを得ない理由」が、私にはよく理解できる。この事については、今から2年近く前の事になるが、2014年6月15日付でアゴラに投稿した私の記事があるので、それをお読み頂きたいが、要言すれば、中国国内の経済危機が一段落して民心が完全に安定するまでは、この流れは決して止まらないだろうと私は思っている。

かつて、清水の舞台から飛び降りた「日露戦争」を制し、第一次世界大戦で漁夫の利を得た日本も、その反動である大不況には抗する術もなく、「満蒙は日本の生命線」と呼号して、大陸で冒険的な拡張政策を推し進めるしかなくなった。現在の中国の膨張政策は、この姿の再現とも見て取れる。南シナ海と東シナ海は、海洋資源確保の観点からも、シーレイン防衛の観点からも、彼等の立場に立ってみれば、まさに彼等の「生命線」なのだ。

南シナ海については、米国が決意を固めない限りは、中国はやりたい放題ができる。(いや、もはや半分程度は既にやってしまった。)ベトナムやフィリピンとでは、残念ながら国力に差がありすぎるからだ。東シナ海は日本が相手になるのでそう簡単ではないが、日本国内には「常に中国側の意に沿いたい人達」や「世界の厳しい現実を知らない平和ボケの人達」が一定の勢力を形成しているので、これに起因する「国論の不統一」に付け入るチャンスはないではない。

その一方で、中国には「台湾の独立志向」という頭痛の種もある。台湾などは、その気になれば「内部に騒乱の種を蒔いておいて、これを口実に一気に武力侵攻する」という選択肢もないではないが、米国の第七艦隊が睨みを利かせている限りはそうはいかない。しかし、逆に言えば、米国がアジアへの関心を後退させれば、その状況も大きく変わってくる。中国側は当然これに密かな期待を寄せているだろうし、その時には、恐らく、沖縄の「台湾化」も彼等は視野に入れてくるだろう。

トランプ大統領の誕生は想定内にしておく必要がある

時あたかも、米国では「格差の拡大」がもたらしている国民の不満が抑えられなくなりつつあり、それがトランプ人気やサンダース人気に結びついているかのようだ。大統領選の結果がどうであれ、もし米国がここに来て「国民に迎合する経済政策」へと大きく舵を切り、防衛費を大幅に削って、その分を教育や医療の国庫負担を増やす方向へと転換すれば、アジアの状況は抜本的に変わってくる。

中国の指導部は、若い時から地方政治で実績を積み上げてきた老獪な政治家集団だ。内部の権力闘争も半端ではないから、好機と思えば一気に冒険主義に踏み切る胆力もある。かつて鄧小平が、対外的に勇ましい事を言いたがる幹部を諭して「当面は韜晦(力がないように見せかける)が良策」と言った事はよく知られている。「膨張主義」を決して否定したわけではなく、あくまで「時期を待て」と言っただけなのだ。

さて、このような状況下で日本はどうすれば良いのか? これまで通り、基本的には「自主防衛力(特に海軍とミサイル)の整備」と「日米同盟の強化」の併用以外に方法はないと思うが、残念ながら、現状では米国でトランプ大統領が生まれるケースも想定に入れて対策を考えておく必要がある。これはそう容易な事ではないので、相当腹を括っておく必要がある。

金で解決しようとすれば、不動産屋の面目を誇示したい彼は、足元を見て際限もなく要求を高くしてくるだろうから、彼との交渉には「虎穴に入らずん虎児を得ず」の気概を持ち、「米国側から見てのギブ・アンド・テイクの選択肢」を何通りも用意して、したたかに臨む必要がある。この場合でも、「もし突き放せば、日本は何をしてくるか分からず、アメリカはこれまで築き上げてきたものを一挙に失う恐れもある」と、心配させる事が必要だ。日本人はあまりやらないが、交渉事とは元々そういうものだ。

ロシア・カードは、対中政策の上でも、対米政策の上でも、共に極めて重要で、その点で「プーチン氏との一対一の秘密交渉」に踏み切ろうとしている安倍首相の戦略は正しい。(最近の色々な事象を見ていると、外交に関しては、安倍首相の周辺に相当有能なブレインが付いているように思える。)それぞれに米国と事を構えている中国とロシアは、一見蜜月を謳歌している様に見えるが、長い国境線の北側に多くの漢族が居住している現状を抱えているロシアにとっては、中国は一刻も油断できない隣人なのだ。

中国の膨張政策を警戒する事に反対する人達は困ったもの

この様に、話を進めると、必ず「貴方は何でそんなに中国を敵視するのか? こちらが敵視するから相手方も警戒心を募らせるのだ。日中関係を日米関係より重要視すれば、相手も日本に害を加え様とする筈はない」という人達がいるだろう。しかし、世界の歴史、就中、「合従連衡」「遠交近攻」等の国家戦略が渦巻いた古代中国の歴史に学ぶまでもなく、こんな事は現実にはあり得ない事だ。

こんな事を言う人達は、「日本は中国の価値観に追随する同盟国(衛星国)になった方がよい」と考えている人達か、または、世界の歴史から殆ど何も学んでいない「単なるお人好し」だろう。中国は「単純に善意を信じて付き合う」には強大過ぎる国であり、現状では内部矛盾を抱え過ぎてもいる。

後者の「お人好し」の人達については、世界の歴史から得られる教訓をどんどん注入して、目を覚まして貰うしかないが、前者は職業的な確信犯故、どうにもならない。普段は綺麗事を語るだけで、決して本心を語らないだろうから、こちらから具体的に問い詰めて、一般大衆の前に彼等の真意を露出させていく事が必要だ。

とにかく、国論があまりに極端に割れていると、相手方にそれを利用され、まともな外交交渉ができなくなる。かつての日中関係でも、せっかく当時の幣原外相が蒋介石と「欧米の先を行く宥和政策」を話し合っていたのに、森恪などの反対派がこれを政争の具にして潰してしまった。極めて理にかなった外交政策が「軟弱外交」として非難され、一般大衆の憤激の対象にされてしまった。

世界はなお力の論理の中にある。「自らが失うものも多い」と思えば、相手は冒険を思いとどまるだろうが、少しでも「御し易い」と思われれば、どんな相手でもどんどん要求を突きつけてくる。そして、止むを得ずこれを受けているうちに、こちら側は次第に無抵抗の「裸の城」になってしまい、気がついた時にはもはや手遅れだろう。

安倍首相はその点では心配はないが、仮に鳩山元首相の政権がずっと続いていたら、日本はさながら「淀君の大阪城」の様になり、徳川家康をも凌ぐ習近平に、手もなく捻られてしまわれかねなかった。

そもそも、二国間の関係というものは、お互いに対等でなければならない。「対等」という事は、「客観的に見て一方が他方を『御する(支配する)』のは不可能と思われる状態」を堅持する事だ。残念ながら、お互いに幾ら平和を希求していても、こちらに「備え」がなければ、相手方は「御し易い」と思うだろう。そうなると、「力の差を誇示するだけで平和裡に支配できる」と相手方は考える。これでは「対等の関係」の構築は不可能だ。

中国は日本にとって最も重要な国であり、それ故に仮想敵国でもある

中国は大きな内部矛盾を抱えてはいるものの、現状で既に世界有数の経済・軍事大国であり、長期的に見れば世界最大の経済大国にまで上り詰める可能性もないとは言えない。だから、日本にとっては、この巨大な隣国、中国との友好的な関係の構築が「何にも増して重要な課題」である事は、もとより言を俟たない。

しかし、どんなに友好関係がある相手であっても、一旦何かの重大な利害の衝突があれば、一転して仮想敵国に変わってしまいかねないのが世の常だ。つまり、「中国を仮想敵国とした安全保障体制」を構築する事は、現在の日本にとっては残念ながら不可避の事だ。

相手を仮想敵国として意識しておく事は、威丈高になる事の正反対だ。仮想敵国だからこそ、衝突のリスクを極力を回避する為に、常に誠意を持って、礼儀正しく付き合っていく事が重要なのだ。

両国は本音で語り合えるチャンネルを持っておく事が必要だ。この人達は、お互いに微笑みを交わしながら、「如何に友好関係の構築に意を尽くしても、お互いに最悪時には備えておかなければなりませんからねえ」と言って、お互いに自分達の軍事的な選択肢をさりげなく相手方に伝え、お互いの冒険主義を牽制しあうべきだ。ビジネスの世界では、常にこういう事が普通になされている。