社会保障の問題は「世代間対立」ではない

池田 信夫

JBpressでは話が複雑になるので省略したが、増税再延期で財政健全化目標は白紙に戻ってしまった。安倍首相は「2020年にGDP600兆円にすれば目標は達成できる」と言っているが、そんな話を信じる人はいない。

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図1 社会保障給付と社会保険料収入の予想(小黒一正氏の試算)

民主党政権時代の三党合意では、消費税の増税分はすべて社会保障の財源に当てる予定だったので、社会保障の赤字は拡大する。図1のように団塊の世代の引退にともなって社会保障給付は激増するが、社会保険料はそれほど増えないので、その赤字を税金で補填しなればならない。ここに消費税をあてる予定だったが、その増税が延期されたため、社会保障会計の赤字はこの図より急速に増える。

今は年金積立金は約150兆円あるが、それを預かるGPIFは2015年度は5兆円ぐらい損失を出したようだ。それでも好意的にみて、2011年までの10年間の平均収益率1.4%を想定し、今後の年金積立金の推移を総合研究開発機構がシミュレーションしたのが図2だ。

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図2 今後の年金積立金の推移(八代・島澤・豊田)

これによれば、賃金が1%上昇すると年金保険料も増えるが、積立金は2038年でなくなる。賃金が上がらないと、2032年に積立金はゼロになり、2050年には年金会計は600兆円以上の債務超過になる(厚労省は最大800兆円と試算している)。

2032年といえば団塊の世代が85歳になるころだから、彼らが年金を満額もらって死んでゆくと、その後の世代はまったく保険料が返ってこない。その年金はすべて国の借金で払うしかない。そのころには一般会計の債務も2000兆円を超えているだろうから、2030年ごろに年金会計は破綻すると予想されている。

つまり今のまま放置すると、団塊の世代までは逃げ切れるが、それ以下のすべての人が無年金になってしまうのだ。年金制度を2050年までもたせるには、支給額を42%カットするか保険料を35%引き上げるしかない、というのが八代尚宏氏などの試算だ。

これは「世代間格差」ではない。このままではあと15年で公的年金がなくなるので、みんな同じ泥舟に乗っているのだ。ここには医療費の赤字が含まれていないが、2030年代には医療・介護の赤字を含めて、社会保障会計は1000兆円以上の債務超過になる。

一般会計の赤字以外に巨額の「隠れ借金」があるわけだが、これは税金か国債で穴埋めするしかないので、消費増税の延期はその借金をさらに増やす。その結果は、年金を大幅カットするか、大増税するか、それとも激しいインフレで政府債務を踏み倒すかの3択だ。ピケティもブランシャールも、最後の選択肢しかないだろうと予測している。