「過ちは繰り返しませぬから」の欺瞞

2016年06月04日 15:17

前回のブログで紹介した西尾幹二氏が月刊「Hanada」7月号に掲載した論文「オバマ広島訪問と『人類』の欺瞞」(雑誌のタイトルは「オバマ広島訪問と拉致問題」だが、原題はこちら)にこうある。

広島の原爆碑に書かれた「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」は案外に根の深い問題なのです。「繰り返させませぬから」でなくてはならない、と時間がたつにつれ、次第に気が付く人が増えて、主語が誰なのかが大騒ぎになりました。

広島市は昭和五十八年に、主語は人類であって「全人類が悲しみに堪え憎しみを乗り越えて」の意味であるとわざわざパネルを張って、数ヶ国語で掲示しました。いかにも苦しい弁解、言い逃れに見えますが、多分、半分は本音だったのでしょう

これは鋭い指摘である。私も半分は「人類でいい」と思って来た。日本人はいつまでも憎しみを抱いて生活することが苦手であり、「良くない」と思っている。

どんなひどい相手に対してもどこかで「水に流す」ことが潔い態度だ、というのが日本人の美学だ。「恩讐の彼方に」自分を置いて和解するのが尊い態度だと思っている。

戦争末期に60万人の日本人を拉致し、シベリアで酷使し6万人を死に追いやったソ連に対しても、未だに拉致被害者を帰そうとしない北朝鮮に対しても、どこかで「許して」いる。そんな甘い態度が見られるのも、上記の日本人の姿勢に問題がある。

誰が原爆を落としたなどという詮索は止め、「人類」の立場に立って「過ちを繰り返しませぬから」というのが立派な姿勢だ――。

この辺の日本人の心の動きを、西尾氏は実に的確に、かつその奥にある弱点とずるさをつかんでいる。

遙か遠い外の世界で自分を救済するために人類を「真の世界」に設定するという日本人本来の伝統に従うスタイルで、自分を誤魔化す自己欺瞞に走ったのではないか

なぜ、そういう自己欺瞞をするのか。1つは米国への「恐怖」があるからである。それは戦後70年たった今も消えていない。

自由と民主主義の先端にいるはずのアメリカはいざとなったら、平然と残忍なことを実行する。その「記憶」が恐怖の原点である。東京大空襲や原爆投下は典型例だが、ベトナム戦争や中東での軍事行為にも冷酷な行動が散見される。自らの帝国主義遂行のためには、なんでもやるという怖さがアメリカにはある。

「そうしてもいいのだ。いや、そうすべきなのだ。我々には『マニフェスト・デスティニー=明白なる使命』がある」と思い込んでいる。

加えて、現在、日本は軍事的に米国に依存している。アメリカが日本を見捨てたら、どうなるか。昨今、トランプ大統領候補の「日本からの撤退」発言が話題になったのも、その恐れを多くの日本人が抱いているからである。

「アメリカを怒らせてはいけない」。その思いが「過ちは繰り返しませぬから」という、米国に責任がないか、のような原爆碑を産み出した。そこを突かれると、「人類全体の責任だ」という逃げを打ったのだ、と西尾氏は見る。

「恐怖」を逃げるために日本対アメリカの対立構図を避けて、日本とアメリカの両方を越える「人類」という概念に救いが求められる。そして、オバマ大統領も私が予想した通り「人類」の語を使った。

「人類」なら日本人は認めるし、米国人に対しても「直接、日本人に謝罪したわけではない」と言い訳できる。それでいて、「核兵器廃絶」というノーベル平和賞を確保した自身の主張にも沿っており、レームダック化しつつあるオバマ大統領にとって都合がいい。オバマ大統領の広島訪問が実現したゆえんであろう。

直接の謝罪はなかったのに、オバマ広島訪問に対する日本人の評価が高いのは次のような気持ちだろう。

「これまでは一人も広島に来なかったのにオバマはやってきた。それに『人類』の言葉に頼りつつも、核兵器の使用は極力、やめるべきだと演説で何度も言っている。間接的ながら、広島、長崎への原爆投下は避けるべきだったと述べている。今はそれで十分ではないか」

「水に流す」ことを重視する私もほぼ同意する。だが、どこかにひっかりはあった。

西尾氏はそのひっかかり、モヤモヤを鋭く指摘する。「原爆投下や東京大空襲で家族を殺された遺族の気持ちはそれほど簡単ではないのではないか」と。西尾氏の叔母や従姉もそうだったのだ。

<「人類」の名において大統領が祈るのに合わせて、われわれ被害国も恩讐の彼方に自分を高めよう、と新聞・テレビが一斉に叫ぶたびに、私は静かに首を横に振ります。叔母や従姉がそいういった白々しい大義で七十年を生きたとは、到底思えないからです>

この感慨は胸に響く。アメリカは日本に原爆を投下し、大空襲を仕掛け(いずれも国際法違反)、真珠湾の復讐を何十倍返しで日本に果たした。その上で「人類」の名において核兵器廃絶を唱えているにすぎない。きれい事なのだ。

そういう冷厳な国際社会の軍事外交を見ることを「はしたない」と考えてしまう日本人は(私も含めて)、やはり単純としか云い様がない。

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