【追悼特別・映画評】アリ

2016年06月05日 06:00

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1964年、22歳でボクシングヘビー級チャンピオンになったカシアス・クレイは、名前をモハメド・アリに改名。ボクサーとして通算61戦56勝37KO5敗という驚異的な数字とは裏腹に、彼の人生は、栄光と挫折そのものだった。イスラム教への改宗、ベトナム戦争への徴兵拒否、不当に剥奪されたボクサーの資格を取り戻すための裁判と、苦難の日々がアリを待ち受けるが、彼は常に闘い続ける…。

ボクシングというスポーツは映画になりやすいのか、昔から数多くのボクシング映画が作られてきた。この映画は過去最高と言ってもいい選手モハメド・アリが主人公。未だ存命の実在の人物、スポーツ界のカリスマを描くのは、さぞ難しいだろうと予想していたが、やはり、従来のボクシング映画とは一味違った伝記映画。極力ドラマ性を廃し、ドキュメンタリータッチに徹している。

映画が描くのは若干22歳で世界ヘビー級チャンピオンになった1964年から、王者ジョージ・フォアマンを破って復活を遂げる1974年の“キンシャサの奇跡”まで。この、時代的にもアリ個人的にも複雑な状況を、M.マン監督はクドクドと説明せずに、ごく簡単に描くからすごい。音楽はブルースが中心だが、このオープニングの上手さと音楽の良さで、ぐっと引き込まれる。

元来、ボクサーといえば寡黙な人物が多い中、アリは有言実行を遥かに越えて、大ボラ吹きと呼ばれるくらい口が達者。相手を挑発しながらボクサーとして不動の地位を築いていくが、ベトナム戦争徴兵拒否が、彼の運命を狂わせる。劇中でも「敵は政府だ。」とはっきり口にするが、宗教的な理由や正義感などではなく、一人の人間として「恨みのない人間を殺す理由はない。それに自分は自由に生きたいんだ。」というシンプルな思いからの言動に見えた。だからこそ、とことんこだわれたに違いない。独特のトークと恐れを知らない挑発的な言動は、いやでもリング内外での闘いを彼に強いた。

ウィル・スミスは身も心もアリになりきったと言うだけあって、見事な肉体改造。ヘビー級の選手にしては驚くほど身が軽いアリの軽やかなフットワークは“蝶のように舞い、蜂のように刺す”という言葉そのもので、音楽界出身で抜群のリズム感を持つ彼を起用したM.マン監督の眼力のすばらしさを実感。

ドキュメンタリータッチは観客におもねる部分がなく、サービス精神にも欠けるが、個人的には好きなスタイル。アリという人物を描くのにも適しているように思う。アリの人生と交差させて描かれる社会情勢は、マルコムXやキング牧師の暗殺、公民権運動の高まりや、人種差別問題、ベトナム戦争、ザイールの国家の思惑など様々。そのときアリは何を思っていたのか、観客自身に考えさせる。つきはなしたアプローチが逆に新鮮だ。

雨のなか行われたアフリカ、ザイール(旧ベルギー領コンゴ)のキンシャサの復活試合は、今なお語り継がれる名勝負で、単に王座奪回というだけでなく、決して信念を曲げなかった男の自分自身に対する闘いの決着の場だ。体力の衰えや不安と闘いながら望んだ勝負に答えが出たとき、空から慈雨が降り注ぐ。自分の信じる正義のために、時代や政府という巨大な敵と戦ってきたアリの生き方は、たとえ欠点はあっても、スポーツという枠を越えて人々に訴えかける何かがある。

伝説のボクサー、モハメド・アリが自らの信念を貫き通す姿を描く伝記映画。常に闘い続けた男アリ。モハメド・アリはイスラム語で“賞賛されるべき人”という意味だ。

□2001年 アメリカ映画 原題「ALI」
□監督:マイケル・マン
□出演:ウィル・スミス、ジョン・ボイド、他


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2006年11月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。

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