ボクシングの世界チャンピオン、ビリー・ホープは、怒りをエネルギーに相手を倒すスタイルで戦っている。そんなビリーを妻モーリーンと娘のレイラはいつも心配していた。ある時、ライバルから挑発されたビリーは怒りを抑えきれず乱闘に。そのトラブルの最中に起きた発砲事件でモーリーンが命を落とす。生きる気力を失ったビリーは荒れた生活を送り、全財産と住む家、チャンピオンの座まで失い、とりまきは皆離れていった。娘の親権まで奪われ、すべてを失ったビリーは、かつて唯一恐れたボクサーを育てたトレーナー、ティックを訪ねるが…。
全てを失ったボクサーが自らの誇りと愛する娘のため再起を図るボクシング映画「サウスポー」。ファイティング・ムービー、とりわけボクシング映画には名作が多く、そのほとんどがどん底から這い上がるハングリーな戦いに末のつかむ栄光で感動を呼ぶストーリーだ。本作もまたその系譜につながる映画だが、主演のジェイク・ギレンホールの名演と存在感、深い家族愛、ボクシングを知的戦術でとらえるスタンスなど、かなり洗練されている。監督のアントワーン・フークアは、男のドラマを得意とするが、本作でも父性を全面に打ち出している。仕事のことや生活のことは妻にまかせきり、自分はボクシングだけという主人公は、あきらかに不完全な存在だ。だが彼は最愛の妻を失い、すべてを奪われて初めて自分自身をみつめることになる。防御は軽視していたビリーが“守る”意味を知ったとき、右利きのビリーはサウスポーの真意をつかむのだ。
「ナイトクローラー」で薄気味悪いほど激ヤセをみせたギレンホールだが、本作では圧倒的な肉体改造でボクサーの身体を作り上げ、試合シーンをすべて本人が演じるという役者魂をみせている。さらに娘レイラを演じる天才子役ウーナ・ローレンスは、最初は幼い少女、クライマックスには父と共に成長し、驚くほど大人びた表情をみせてくれた。ボクシングというスポーツそのものの感動、家族のドラマ、再起と栄光のストーリー。この映画には、男性も女性も魅了されるはずだ。
(父性愛度:★★★★★)
この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年6月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。