金融政策で2%のインフレは本当に達成できるのだろうか?

昔から良く聞こえてきた話の一つに「物価が下がるのは主婦のお財布にとって良いこと。なんで物価が下がっちゃ、いけないの?」があります。

主婦に物価が下がる弊害を述べてもなかなか理解してもらえないのは「明日の日本より今夜のおかず」だからかもしれません。もう一つはある程度の歳の方は覚えているあの「狂乱物価」の時代には戻りたくないという一種のトラウマもあるのかもしれません。つまり一定年齢以上の方にとって物価が上がることへの抵抗は消費税が2%更に上がるのと同じ意味合いがあるのでしょう。「物価も2%、消費税も2%、合せて4%、国は何を考えているのよ、年金もそれだけ増やしてよ!」という声が聞こえてきそうな気がします。

その日銀が物価2%上昇に向けた対策にほとほと頭を悩ませています。個人的に金融政策だけで物価を動かせると考えること自体がナンセンスだと思っていますが、黒田総裁はブレーキが壊れた機関車のごとく2%を叫びながら次々とサプライズなプレゼントを市場に提供してきました。

ただし、マイナス金利を導入したあたりから雲行きは怪しくなっています。欧州中央銀行(ECB)や欧州の一部の国がマイナス金利を日本に先駆け導入したことで技術的にユーロを売って円を買う動きを誘発し、円高になるバイアスがかかりやすくなりました。黒田総裁は為替は財務省の仕事と言いながらも実は円高を防ぐ方法論の一つに日本もマイナスにしてしまい日本円を買うことに魅力を失くしてしまえば円高は防げる、と考えた節はあります。

マイナス金利の先輩であるECBにおいてその評価についてはどうなのか、といえばマリオ ドラギ総裁から「スーパー」の文字が取れてしまいECBの中で一枚岩になっていない点を指摘しておきましょう。特にドイツ系の委員からはマイナス金利に対して厳しい声が上がり、金融緩和をしても物価は全く上昇気流に乗れていません。つまり、日本でも欧州でも議論されているマイナス金利の効果が今一つ分からないのであります。

特にドラギ総裁については15年10月に「年末にさらなる緩和」を事前アナウンスし、さぞかし素晴らしいクリスマスギフトが貰えると思いきや、「これだけ?」というしょぼい緩和発表となりました。そして今年5月に至るまでこれといったその後のプランが出てきません。「手詰まり感」すらある気がします。

では黒田総裁はどうなのか、といえば今年1月、スイスのダボス会議に出席する前に日銀の企画チームに「緩和プランのオプションを作っておいてくれ」と指示し、帰国後、そのリストを見てマイナス金利しか良いものが見当たらなかったというのが顛末であります。ダボス会議は1月20日から23日、リストを見たのは帰国後、定例政策会議まで数日しかなかったのでかなり短い時間枠の中で無理やり決めたことが見て取れます。

最後に総本山アメリカはどうなのか、ですが、直近の経済指標はあまり芳しくありません。というよりアメリカの景気はピークアウトした感があります。6月6日のイエレン議長のフィラデルフィアでの講演は雇用統計が彼女にとって大きなサプライズだったと同時に上げられない金利にもいらだちを示しています。

日経の「日曜に考える」に債券王のビルグロース氏のインタビュー記事が掲載されています。個人的には氏の視点が私の考えにかなり近いかなという気がしています。記事の中で 「企業が投資をしないのは需要がおぼつかないからだ。お客が製品やサービスを買ってくれなければ、経営者はリスクを取って投資をするわけにいかない。そして、お客が買ってくれない理由は高齢化だ。米国で第2次世界大戦後に生まれた大量のベビーブーマーが引退している。これまでの消費で多額の負債を抱えていることもあり、新たな大型消費には慎重だ。高齢化は欧州や日本でも進んでいる」とありますが、これは実にうまく言い当てています。

インフレはなぜ起きるか、と言えば需要が供給を上回る状態が続き、価格決定権が供給側にあるからであります。総需要不足は依然解消されず、今後も災害、天災、戦争など特殊事象が起きるか、独占や複占など供給側の支配構造が変化しない限り、解消されるとは思いません。インフレが起きなければ金利も上がりません。氏はこうも述べています。「米国は今年、3%の成長が可能という人も多いが、私はせいぜい2%と見ている。同じくユーロ圏は2%ではなく1%にとどまるだろうし、日本はプラスになれば御の字だ。」

目線は6月のFOMCから日銀の政策会議に移っているようですが、中央銀行の政策に期待すること自体がナンセンスになってきた気もします。我々は中銀のポリシーミーティングにあまりにも振り回され、甘言につられたような気がします。

では今日はこのぐらいで。

岡本裕明 ブログ 外から見る日本、見られる日本人 6月7日付より