【映画評】帰ってきたヒトラー

2016年06月19日 06:00
Look Who's Back
現代のドイツ。リストラされたTVマンのザヴァツキは、偶然発見したヒトラーそっくりの男を売り込んで、復帰を目論む。だが、この男はそっくりさんなどではなく、1945年に命を失ったはずのアドルフ・ヒトラー本人がタイムスリップしてきた“本物”だった。カメラを携えたザヴァツキは、男を連れてドイツ全土を巡るが、大衆は高度なモノマネ芸人と信じ込み、たちまち男の演説に魅せられてしまう…。

 

独裁者ヒトラーが21世紀の現代にタイムスリップするという奇想天外な物語が展開するブラック・コメディー「帰ってきたヒトラー」。原作はドイツで大評判となったティムール・ヴェルメシュのベストセラー小説だ。ドイツもついにヒトラーを笑い飛ばすほど成熟したのかと単純に喜んでいる場合ではない。本作の笑いは、移民排斥や反イスラムの空気が蔓延する現代社会、特に欧州にキツい一撃をくらわせる破壊力を秘めているのだ。ヒトラーは、ものまねでもコスプレでもない。常に自分自身であり続けているだけなので、彼の言葉はいちいち自信に満ちていて、妙な説得力がある。何しろ、天才扇動者だったヒトラーにとっては、インターネットやSNSは恰好のツールなのだ。本作は、演出としても工夫が凝らされていて、街頭インタビューという形を、演技ではなくリアルに街中で行っている。ネオナチや若者に遭遇した時の反応には、爆笑しながらも考えさせられるのだが、不満だらけの社会情勢を嘆く市民に、ヒトラーが「私にまかせてくれ」と力強く言うくだりは、背筋が寒くなった。

ここで改めて思い出してほしいのは、ヒトラーを選んだのは、他でもない大衆だったということ。ヒトラーを演じているのはほぼ無名の舞台俳優オリヴァー・マスッチである。映画では数々の名優がヒトラーを演じてきたが、この人のヒトラー像は、もっとも“今”にフィットしているのではあるまいか。これはだたの笑い話ではすまされない。移民やアラブ系を敵視するアメリカの大富豪の大統領候補の過激な発言や、モラルを失くした日本の政治家の醜態と流されやすい日本人気質、何よりも政治や経済で混迷する大国ドイツの行く末を考えてみてほしい。本作は、ヒトラーという怪物は、いつの時代にも誰の心にも生まれるのだと教えてくれる、恐れを知らぬ秀作だとわかるはずだ。
【75点】
(原題「LOOK WHO’S BACK」)
(ドイツ/ダーヴィト・ヴネント監督/オリヴァー・マスッチ、ファビアン・ブッシュ、クリストフ・マリア・ヘルプスト、他)
(奇想天外度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年6月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。

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