英国のEU離脱が教えてくれた「間接選挙」の良さ

英国が国民投票による僅差の結果でEU離脱を決めた。その後の混乱の大きさが連日、伝えられている。

直接選挙の怖さがまざまと知らされた。これは間接選挙の良さを教える教科書的な好例となった。

確かに英国民の52%は48%の残留派を押えてEU離脱に賛成した。しかし議会の国会議員の多数は残留派で占められている。野党の労働党は圧倒的に残留派議員が多く、与党の保守党さえ残留派が離脱派を上回る。

この矛盾こそ国民投票という直接選挙の欠陥を示しているのだ。一見、国民のすべての声を反映する直接選挙の方が民主的でいいようだが、今回の事件は間接選挙の良さを明快に示している。

安保法案を巡る日本の現状は、EU離脱を巡る英国と酷似しているので、余計それがわかる。

どのメディアのアンケート調査を見ても、昨年の安保関連法の国会成立を「評価しない」が、「評価する」を確実に上回っている。集団的自衛権の行使に「賛成」する国民は少数で、「反対」者を大きく下回る。このほか、米軍普天間基地の辺野古移設、原発再稼働などの重要政策でも賛成より反対が多い。この傾向は安倍政権誕生以来、変わっていない。一方、民進党などの野党は安保法案の廃棄を全面に打ち出し、安倍自民党政権を退陣に追い込む戦術をとっている。

アンケート調査の線に沿えば、今回の参院選で自民党は敗退する。だが、そう思っている有権者は極めて少ない。野党の支持率は伸びず、自民党の支持率が大きく上回るからだ。

これは何を意味するのか。多くの日本人が望んでいるのは、自分たちが危険にさらされず、米国のような強い国に守っていられる状態が半永久的に続くこと。自分は日米安保にタダ乗りし、サボっていい思いをするという手前勝手の欲望だ。だが、それは自然な感情であり、ソ連との冷戦状態の時は実現していた状況でもあった。その状態を破りそうな安保法制への不人気なのは当然なのだ。

だが、いや「だからこそ」というべきだろう、(今の)民進党や共産党には任せきれない。もっと日本を危うくしそうだからだ。

実際、旧・民主党が政権についていた2009-2012年に日本は中国のごり押しにキリキリ舞いさせられ、米オバマ政権との関係は冷却化した。鳩山由紀夫、管直人、小沢一郎、岡田卓也、仙石由人の各氏らが行った政治外交は、中国漁船体当たり事件、「米軍基地は最低でも県外」という鳩山首相の発言などに見るように、まさに日本の国益が犯され、「彼らが日本を滅ばす」(佐々淳行氏)と思わせたものだ。

国民はこういう経過を覚えている。国民の多くは「政権はだれでも良い。うまくやってくれればいいいい」と思っているのだ。表面的に安保法案に不安でも、安倍政権があれほど主張するのは「そうしないと、日本が危なくなると思っているからだろう」とにらんでいる。

実際、米国が軍事予算を削減し、内向き志向になっている一方、中国・北朝鮮の攻勢が強まっている。安保タダ乗りの時代は過ぎたのだ。

だから、アンケート調査では安保法案に反対しても、選挙では「我々の安全のために比較的うまくやってくれそうな方を選ぼう」と自民党支持者がふえるのだ。ここで、間接選挙の利点が機能する。

だが、安保法案を国民投票にしたらどうなるか。「うまくやってくれそうな政党」かどうかに関係なく、「安保法案反対」に○をつけてしまいがちだ。安保法廃棄が多数を占める恐れは十分ある。

まさに英国でそれが起こったのだ。国会議員の多数はEU残留派で、英国の有権者はそうした議員を「うまくやってくれそう」と選んだのに、直接投票で「離脱」を選んでしまった!

離脱派の英国人も、今の混乱を予想した人はそれほど多くなかったのではあるまいか。「こんなにポンドや株価が下落し、混乱が広がるなら残留で良かった」と反省している人も少なくないと思われる。

離脱派を率いた前ロンドン市長、ボリス・ジョンソン氏は「本心は残留支持だったのではないか」といわれる。3年前のインタビューで「私は単一市場の支持者だ。国民投票が実現したら、残留に投じる」と答えたという。

ではなぜ離脱派に転じたのか。ライバルである英首相、デービッド・キャメロン氏への強烈な対抗心が原因だ。彼の目に今回の国民投票は権力奪取の好機に映った。たとえ国民投票で負けても、離脱派の保守党員の信任を確保できれば、次期党首選出の布石になる。「僅差で負けて存在感を高められるのがベストシナリオ」と考えていたフシすらある。

離脱が実現し、自らが開いた「パンドラの箱」の衝撃を思い知ったジョンソン氏の悩みは深い。「離脱後の英国」がたどるべきシナリオをほとんど考えていなかったといわれる。

民進党の岡田代表も同様ではないか。党勢拡張と安倍政権の追い落としだけが目標で、もしタナボタのように安保法案廃棄が決まったら、日米同盟の関係調整や中国への対抗をどうするか、などあまり考えていないのではないか。

そうした事態を回避する意味で、英国は貴重な実例を我々日本人に示してくれたのである。