アメリカ大統領選挙では、また、ここに来てヒラリー・クリントンとトランプの差が縮まってきて情勢は緊迫している。ヒラリーの不人気ぶりはひどく、共和党がまともな候補者を立てたら楽勝だっただろう。そこで、共和党では規約を改正して予備選の結果にとらわれず代議員が投票できるようにしようという動きもあるが、成功は難しいだろう。むしろ、ヒラリーが共和党員を副大統領候補にして「大連立」を狙って欲しいくらいだが、サンダースがヒラリーにもっと左寄りになれと騒ぐので難しい。
ところで、私はオバマ大統領が当選した直後に「アメリカ歴代大統領の通信簿」という本をPHP研究所から出したことがあるのだが、このほど全面改訂して「アメリカ歴代大統領の通信簿 ~44代全員を5段階評価で格付け 」(祥伝社黄金文庫)が発売になった。アメリカでいま起きていることも歴史を知らねば評価できない。歴代大統領の列伝であるとともに、五段階評価をしているのだが、Aランクは、ワシントン、ポーク、リンカーン、セオドア・ルーズベルト、フランクリン・デラノ・ルーズベルトだ。
とくにベスト・ツーは戦時のリンカーンと平時のポークだ。
リンカーンは奴隷解放ばかりが強調されるが、戦争指導、経済対策、戦後の見通しなど万般にわたって非常に緻密であって、どこから見ても優れた大統領だ。彼はユークリッドの幾何学の心酔者でありイソップの愛読者だったが、それぞれから明快な論理性と暖かいユーモアを学んでいた。演説の見事さ、ディべートにおける強さ、誠実さ、敵に対する包容力、クリーンであることなども素晴らしいし、「丸太小屋からホワイトハウス」というアメリカン・ドリームを体現していることも、アメリカ民主主義のシンボルとしてふさわしい。
ポークは無名だが、アメリカの版図をカリフォルニアやシアトル周辺など西部へ広げ、財政や関税政策の革新などを実現した。初めに目標を正しく設定し、一期四年を猛烈な仕事ぶりで献身的にやりとげた人物である。派手好みのアメリカ人からは最高クラスに次ぐ程度の評価しか受けていないが、完璧な業績であって、リンカーンと並ぶ高い評価をするべきだと考える。私の好きなタイプの指導者だ。
戦後の大統領は、アメリカの凋落に対して有効な手を打てなかったことから全般的に低い評価をしているが、クリントンにだけBランクを与えている。IT化などの流れの中で、彼の時代においてアメリカ経済は復活し地位を向上させたことを評価したものだ。
ケネディは世界に通用する言葉で新しい時代の理念を歌い上げ社会保障や人種差別の解消につとめたが、植民地独立などが進み社会主義陣営が全盛期を謳歌していた時代にあって、もしアメリカが反動的な政治に終始していたら、世界的にも孤立は避けられなかっただろう。彼らでなくともよく似た路線を選択せざるを得なかったと私は思うので、Cランクとしている。
オバマはいまのところの仮評価ではCだ。その追い求めている世界像はリベラル正統派のものであって、世界的にも支持が高かった。しかし、いかに理想が適切だとしても、それを実現する能力が無ければ仕方がない。外交は破滅的な失敗はなかったにせよ、低調で世界の混迷に輪を掛けた。内政では、議会対策などに力を発揮できず、また、「民主党党首」としても、十分に役割を果たせなかった。そのために、議会選挙では、下院選挙では2008年の当選時には上下両院で勝利したものの、2012年の中間選挙から三度にわたって下院で少数与党となり、2014年の中間選挙では上院での多数も失った。その選挙に負けたというのは、オバマ自身の責任だ。安倍首相の値打ちは選挙に衆参併せて4連勝したことにあるのだ。
オバマの八年間についての評価は、2016年の大統領選挙、議会選挙の結果によって変わると思われる。無事にヒラリー大統領誕生で議会でも民主党が勝利すれば、オバマの遺産はかなり実現し評価されるものになろうし、トランプの勝利になれば、理想は高かったが政治力、決断力のなさでアメリカを混迷に陥れた大統領ということになるのではないかと思われる。
なお、この本は、「日本人の知らない日米関係の正体 本当は七勝三敗の日米交渉史」(SB新書) 及び「歴代総理の通信簿」(PHP文庫)と三点セットで読んでいただければ、日米の歴史と日米関係史が多角的にとらえられるように創ってある。