通信文化:バンコクと静岡の巻
郵便関係者向けコラムの5です。
シンハビールと焼きバナナ1本15円。不思議な昼食をとっていると、足元に水が流れ込んできた。向こうに見える濁った川があふれてきているんだな。ラジオでは堤防が決壊すると告げている。
バナナを焼くおばさんは、自分の裸足を指さして、金歯を見せてニッタリしている。裸足だから大丈夫、と言うのか。そういうことか?素っ裸になったガキどもがキャーキャーと表に飛び出してきて、泥水にダイブしている。あら、いい遊び場が現れたわね。親はそんな風情だ。
いやいやいやいや。違うだろそれは。逃げなきゃマズいだろ。このあと日本でも大ニュースになったバンコクの洪水ってやつだろコレは。タイの大学に講演を頼まれて、現地の人たちはダイジョーブダイジョーブと言うからバンコク市内入りしたんだが、ダイブダイジョーブじゃない。周りに尋ねると、日本企業はみな避難したという。ゲッ、私は一人ぼっちか。
でもどこか懐かしい。幼いころの光景に似ているからだ。
むかし静岡市に住んでいて、ほど近い安倍川の川原には屋根に石の重りを置いたバラックが点在していた。そこの連中といつも遊んでいた。台風が来るとなると連れ戻され、雨戸の外をクギで打つほどの警戒をしたのだが、過ぎた朝、川に向かうと、あふれた水の中でバラックがペシャンコに潰れている。
連中は一時、家なき子になるのだが、意に介さず、キャーキャー言って水遊びをする。私も一緒になって、逃げ出したブタやら流れてくるスイカやらを追いかけたりする。増量していて危険なのだが、緊迫感はない。実に楽しかった。みんな貧しかった。みんなが貧しいというのは、案外幸せ、なのかもしれぬ。
その後、家業が失敗し、我が家は夜逃げをした。京都に流れ着いた。夜逃げというのは、逃げることである。知られてはいけない。幼い頃に夜逃げをした経験がある人はわかると思うが、それは一度に全ての友だちを失うことであり、それが哀しい。
生活レベルが劇的に下がることや、持っていたモノを置き去りにすることよりも、遊んでいた川原の連中とのコミュニティとコミュニケーションから遮断されて孤立することのほうが、うんとつらい。
だが、どうやら母親がこっそりと担任の先生だけに連絡を入れたようだ。しばらくたって京都の小学校にうつむいて通っていた私宛に小包が届いた。川原の連中も含めて、同じ学級だった全員が、私に手紙を書いてくれたのだった。
低学年が書く文章などたかがしれている。だけど、一人ひとりが、私のことを思って、懸命に書いてくれたのだった。手書きの文字に、しびれた。コミュニティとコミュニケーションも失ってはいないのだった。ありがたかった。一人ぼっちじゃなかったんだ、という感覚は、今も強く残っている。
この手紙は誰にも見せず、宝物にしている。
編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2016年8月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。
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