通信文化:シシリアと登別の巻

シシリア

郵便関係者向けコラム、ラストです。

カジキマグロの首がこっちを睨む。小ザメのような、ホウボウのような、馴染みのない魚たちもこっちを睨む。パレルモの市場には、ティレニア海の幸が並ぶ。近づいてよく見れば、穏やかに微笑んでいるようにも思えるが、睨んでると感じたのは、ここシシリアがマフィアの巣窟という思い込みからか。

海があって、マフィアがいる。うん、昔そんなことがあった。思い出す。25年前のこと。私は、北海道の登別で働いていた。まだ20台の終わり、郵便局長をしていた。その時のこと。

職員が血相を変え、「誤配です!」と飛び込んできた。ある「組」の親分の襲名披露を知らせる大切な手紙を他所に届けてしまい、それが発覚して騒いでいるというのだ。

うひゃー。100%コッチが悪い。謝るしかないのだが、どういう落とし前が待つのか。腕一本ぐらいで済むのかどうか。相場がわからん。迷っている余裕はない。局長室にあったお客様向け粗品の中で一等大きいハコを手にして、定年間近の郵便課長と二人、組事務所に向かった。

海に面した一軒家だった。扉を開けると、一段高い座敷、代紋の下に、上半身ハダカのスキンヘッドのおじさんが堂々と座り、左右に若い衆が立ちはだかって、おじさんの見事な刺青をもんでいた。親分だ。

うひゃー。威圧感がハンパない。でも親分の文句は穏やかだった。若い衆がつっかかり、親分が止める、というプレー。こちらは郵便課長と平身低頭。ただただ謝った。目の前に出された茶を見つめながら、頭を下げた。

親分「お前じゃなくて局長に聞いている。」いえ、私が局長なんです。「ふざけるな若造。」いえ、はい、郵便局にはそういう仕組がありまして、私、さきごろ東京から参りまして。「なんだお前エリートか。」はい、いえ、私、母子家庭で苦学して大学出まして、気がつけばここの郵便局で。

「さっきからどうして茶碗じっと見てるんだ。」いえ、はい、こういう時、出された茶を飲むと殴られるのか、飲まないと無礼だといって殴られるのか、どっちだろうと迷っておりまして。

すると一同大笑いとなった。茶を飲んだ。「お前が持ってきたソレは何だ。」いえ、はい、コレ、つまらないものですが。「だから何だ。」いえ、はい、慌てて粗品をお持ちしまして。「現金か?」いえ、局に貯金はいっぱいありますが、違うと思います。開けてみると、タオルだった。「なんだよ。タオルかよ。」いえ、はい、タオルでしたね。

おかしな堅気が来たと思われたか、組合対策など根掘り葉掘り聞かれ、「お前も苦労してるんだな。」などとなかなか帰してもらえず難儀した。結局、組のクルマで送ってもらった。これには心配して待機していた局のみんなも驚いた。

怖かった。茶ばかり飲んで、わずか数時間で体重も落ちたろう。でも、今はシシリアの海岸で、クスっと思い出す小話だ。ヤバい仕事も、怖い体験も、いずれ小話になる、かもしれない。そんな具合に、今日も過ぎゆく。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2016年8月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。