7月12日付け日経新聞・経済教室に、柳川義之東大教授が「ITの進展、投資にも変化」を寄稿しています。重要な指摘であり、ぼくはしばしその切り抜きを手元に置いて、意味を咀嚼していました。
論旨はこうです。
1) ネット、アプリ、SNSなどのITがベースとなってシェアリングやブロックチェーンが盛り上がりを見せている。グーグル、アマゾンなどがAIをオープン化し、関連サービスが開発されている。
2) これら新技術は投資を促すインフラ。こうした新種のインフラが重要であり、ITやAIは新インフラを生み出すエンジン=インフラのインフラとなる。
3) 新インフラは民間企業が担い、変化・発展させるという特徴を持つ。優れた新インフラへの投資を高め、利用する新ビジネスを増やすことが戦略となる。
この論考は、公共経済学の刷新を促すものです。道路、空港、水道、電力などインフラ=公共財はビジネスとして成立せず、国、自治体、公益法人など「公」の役割とされてきました。税金+利用料でまかなってきました。
新インフラは純民間企業が無償で提供します。規模の経済を働かせることで、派生ビジネスから対価を得るとともに、顧客情報などのビッグデータという対価も収益となります。
その担い手として柳川さんは、ベンチャーより大企業に期待を寄せます。ぼくも日本では新分野だからといってベンチャーに期待するより、インフラだから大どころに大型投資をさせるのが現実的とみます。
しかし問題は、これらIT・AI系インフラはいずれも国境を越え、外資規制などの措置は採られず、強力なグローバル企業が席巻してしまうこと。国家パワーも太刀打ちできないという点です。これもまた主権国家の政策発動を前提とする公共経済学に再考を求めるものです。
他方、公共経済学にいう市場の失敗はここでも話題になります。インフラ投資が過少となる点をどう克服するかです。また、柳川さんはインフラ活用による設備投資の減少が経済の総需要を引き下げることも言及しています。ここは経済学として分析していただきたい。
業界横断的になるのも新インフラの特徴でしょう。従来の分野別業法とは別の新ルールが求められるゆえんです。
これら新インフラの厚生を最大化するには、その投資を促進し、利用の恩恵を幅広く行き渡らせる処方が政策となります。
政府には、タテ割りを打破して、規制緩和と利用促進ルールの策定が求められます。新インフラの投資や利用を促進する税制措置も有効でしょう。
一方、特定分野を補助金で育成するターゲティング策は失敗しそうです。それよりも、政府自らが先行的な需要者となることで、民間投資を促すのがよさそうです。
とはいえ、ITやAIそのものの分野はアメリカに首根っこを押さえられていて、巻き返せる気がしません。狙うはその上のレイヤ、IT、ロボット、ブロックチェーンのプラットフォーム、あるいは、教育、医療、防災、農業、都市管理といった応用分野。
このためには、改めて包括戦略が必要です。政府・IT本部や知財本部がハード・ソフトの戦略を担っており、柳川さんもぼくも参加しているのですが、それとは別種の、新インフラ投資を促す戦略論がほしい。
ちなみに柳川さんは、高校に通わず独学で、大学も通信教育課程で、東大教授になったパンクなかたで、教え子にmixi笠原さんがいます。新戦略論をたたかわせる会議の議長を柳川さんに引き受けていただきたい。
編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2016年9月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。