『東京新聞』のマッカーサー書簡に関する記事は事実誤認だ

2016年09月12日 11:30

2016年8月12日に『東京新聞』が『「9条は幣原首相が提案」マッカーサー、書簡に明記 「押しつけ憲法」否定の新史料』と題した記事を掲載した。新史料といいながら、どうせ決定的な内容にはならないだろうと思って読んでみたら、案の定、全く大したものではなかった。大した記事ではないどころか、記者の誤解からか、事実誤認まで含む酷い記事だった。書簡の解釈は『東京新聞』の自由だが、事実誤認に関しては訂正すべきだ。

事の経緯を確認しておこう。

岸内閣の下で開催された憲法調査会の会長高柳賢三は、1958年にマッカーサーに手紙で「戦争と戦力の保持を禁止する」条項を日本国憲法に挿入しようとした発案者が誰なのかを尋ねた。幣原喜重郎がマッカーサーに頼んで戦争、戦力の不保持が決定されたのか、それとも、マッカーサーが幣原喜重郎に命じたのかを尋ねたのである。

このマッカーサーの返信を堀尾輝久東大名誉教授が「発見」したというのが『東京新聞』の報道である。

なお、この「発見」されたという返信には次のように綴られていた。

「戦争を禁止する条項を憲法に入れるようにという提案は、幣原首相が行ったのです。首相は、わたくしの職業軍人としての経歴を考えると、このような条項を憲法に入れることに対してわたくしがどんな態度をとるか不安であったので、憲法に関しておそるおそるわたくしに会見の申込みをしたと言っておられました。わたくしは、首相の提案に驚きましたが、わたくしも心から賛成であると言うと、首相は、明らかに安どの表情を示され、わたくしを感動させました」

書簡の内容については、のちに触れるが、まずはこの書簡の発見が大発見であるかのように語られていることが、おかしい。

この書簡の発見があたかも一大発見であるかのように記事は次のように指摘している。

「堀尾氏は五七年に岸内閣の下で議論が始まった憲法調査会の高柳賢三会長が、憲法の成立過程を調査するため五八年に渡米し、マッカーサーと書簡を交わした事実に着目。高柳は「『九条は、幣原首相の先見の明と英知とステーツマンシップ(政治家の資質)を表徴する不朽の記念塔』といったマ元帥の言葉は正しい」と論文に書き残しており、幣原の発案と結論づけたとみられている。だが、書簡に具体的に何が書かれているかは知られていなかった。」

『東京新聞』を素直に読んだ人は、高柳賢三とマッカーサーとが憲法の制定過程について書簡を交わしことは知られていたが、「具体的に何が書かれているかは知られていなかった」と思うだろう。

だが、これは事実とは異なる。書簡の中身は既に知られていた。昭和39年に憲法調査会が発行した「憲法制定の経過に関する小委員会報告書」に、高柳の質問に対するマッカーサーの返信が次のように報告されている。

「戦争を禁止する条項を憲法に入れるようにとの提案は、幣原首相が行ったのです。首相は、私の職業軍人としての経歴を考えると、このような条項を憲法に入れることに対して私がどんな態度をとるか不安であったので、憲法に関しておそるおそる私に会見の申し込みをしたといつておられました。私は首相の提案に驚きましたが、首相に私も心から賛成であるというと、首相は明らかに安どの表情を示され、私を感動させました。」(前掲書、336頁)

若干訳文が異なるが、同じ手紙であることは明らかだ。従って、「書簡に具体的に何が書かれているかは知られていなかった」という『東京新聞』の記事は事実と異なるものだといってよいだろう。

また、次の指摘も、世論を誤って導く可能性のある指摘だ。

「堀尾氏は「この書簡で、幣原発案を否定する理由はなくなった」と話す。」

「史料が事実なら、一部の改憲勢力が主張する「今の憲法は戦勝国の押しつけ」との根拠は弱まる。」

残念ながら、これらの指摘が意味を持つのは、この書簡の中身が、今回初めて明かされた発見であった場合に限る。だが、既に、この手紙の中身は周知のものだった。この書簡が存在していることを前提としながらも、「押しつけ憲法」であるとの議論が展開されてきたのだから、今回の書簡の公表によって「この書簡で、幣原発案を否定する理由はなくなった」と断言することは出来ないし、「『今の憲法は戦勝国の押しつけ』との根拠」が「弱まる」こともない。

この手紙の存在は、憲法の制定過程に興味を持つ人間なら、知っていた話なのだ。「書簡に具体的に何が書かれているかは知られていなかった」との指摘は、事実誤認であるから、速やかに訂正すべきであろう。

それでは、この書簡をどのように解釈すべきなのか。

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編集部より:この記事は政治学者・岩田温氏のブログ「岩田温の備忘録」2016年9月12日の記事を転載させていただきました(画像はWikipediaより)。オリジナル原稿をお読みになりたい方は岩田温の備忘録をご覧ください。

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