過労自殺問題を機に田原総一朗『電通』を読んで意外な発見

2016年12月29日 06:00

IMG_4664電通の新入社員、高橋まつりさんの過労死自殺問題で、法人としての電通と、高橋さんの上司が28日、労基法違反で書類送検された。その日の夜には電通の石井直社長が記者会見し、年明け辞任の意向を発表し、一つの区切りを迎えた。NHKのニュースウオッチ9には、80年代に電通の実態に迫るノンフィクションを書いた田原総一朗さんがインタビューに答えていたが、折しも、今回の問題を機に田原さんの「電通」を読み終えたところだった。

初版は1984年と古いが、電通という会社の本質は変わっておらず、若き日の田原さんが、それを抉った名作と評されるだけある。過労死自殺の問題や、広告マーケティング業界で今日問われている課題を知った上で、本書を読むと、意外な「発見」の連続だ。

その一つが、第4代社長の吉田秀雄のビジネス哲学をまとめた「鬼十則」。「取組んだら放すな! 殺されても放すな! 目的を完遂するまでは...」といった過激な文言が、電通の企業体質の問題を象徴するとして、批判の対象となり、2017年版からの社員手帳には記載しないことになった(出典:産経新聞)。

たしかに「鬼十則」は今日的視点からすれば、いかにも昭和的な滅私奉公、ブラック労働の世界観のように見えなくもない。過労死問題で「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」の精神に立てば、吉田は、時代遅れのイズムを作った経営者のように悪者扱いされかねないところだが、昭和初期には不明朗な料金体系で、ただ広告を出させるだけの「賎業」と言われた広告業界を近代化した足跡がある。本書に綴られた社史を俯瞰することで、なぜ「鬼十則」が誕生したのか、吉田の歩みと電通のガリバー化の過程と合わせて知ることができる。そうした歴史的経緯を知った上であれば、「鬼十則」の取りやめ問題を考える時には複層的な捉え方ができよう。

田原さんは吉田の系譜を受け継ぐ当時の電通の革命児たちを、何人も取材しているが、興味深かったのは、彼らが「(広告の)スペースブロカーからの脱却」「脱広告会社」「総合情報企業への脱皮」といったことを語っている点だ。私が、新聞社からPR会社に転身した6年前の頃から広告マーケティング業界でも同じような問題提起を何度も耳にしたことを考えると、広告の形態はネット社会の到来もあって30年間で進化・多様化したはずなのに、実は、広告業界は、先人たちの宿題への解を実践・シフトしきれていないのではないか。

本業の広告マーケティングですら、そうなのだから、働き方の旧態依然ぶりは推して知るべしといえよう。本書に登場する電通社員は男性ばかりというのは、80年代の光景で、さすがにその点は変化しているが、良かれ悪しかれ“人力主体”の構造は変わっていない。池田信夫が「電通の社員は、グーグルのコンピュータがやっている仕事を人海戦術でやっている」と指摘したのは少々キツイ物言いかもしれないが、新入社員の富士登山研修に見られるように、電通の企業風土には、20世紀型の工業化社会時代から培われてきた労働観が脈々と引き継がれ、ネット社会の到来後も、変わりたくても変われない、環境変化に機敏に対応できない大型恐竜を彷彿とさせるものがある。

taharaそれにしても、学生時代にマスコミ業界を志望し、新卒で新聞記者になった身としては恥ずかしながら、この本を見逃していたことを心底悔やんだ。ただ、メディア業界の内情に疎い学生時代に読んでいたとしても、実感を伴った気づきはなかったかもしれない。その意味では、特に業界の若手で未読の人にオススメなのはもちろんのこと、昔読んだことのある私と同世代も読み返す価値はあろう。

余談ながら、拙著「蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?」(ワニブックス)では、政治マーケティングの歴史についても取り上げたが、その関連で電通と政権与党の切っても切れない関係の裏面史にも田原さんは迫っている。来年、田原さんにはアゴラの要件でお目にかかれそうなので、チャンスがあれば、雑談がてら「電通」取材の秘話もお聞きしてみよう。

電通 (朝日文庫)
田原総一朗
朝日新聞出版
1984-01

 

蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた? - 初の女性首相候補、ネット世論で分かれた明暗 - (ワニブックスPLUS新書)
新田 哲史
ワニブックス
2016-12-08
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新田 哲史
アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長/NPO法人ICPF 情報通信政策フォーラム理事

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