昔なじみの企業経営が否定される時代

2017年01月08日 06:00

人間社会には「具体的秩序」と「抽象的秩序」の2つのものがあります。
日本でいう「ホンネ」と「タテマエ」、のようなもので、日本だけでなく他国でも存在するようです。
「現実」と「あるべき姿」と捉えればわかりやすいでしょうか…例えば、欧米では様々な人種差別や宗教差別が現実に行われていますが、ほとんどの先進国では不当な差別を公的には禁止しています。

有能な妻の尻に敷かれていながらも円満にやっている夫婦のところに妙な学者がやってきて「妻の道」という「そもそも論」を説いたりすると煩わしいことになるし、亭主関白で円満な夫婦にフェミニストが男女平等という「あるべき姿」を説くのも迷惑な話です。

このように、他人に迷惑をかけない領域であれば、「あるべき姿」よりも「事実」を尊重してもまったく問題はないし、その方が当事者にとって楽でもあります。

昨今は、会社を取り巻く「具体的秩序」が「抽象的秩序」が取って代わられようとしています。
つまり、会社が「本来あるべき姿」を保っていないと許されなくなってきたのです。

一昔前の上場企業の株の「持ち合い比率」は50%を超えており、株主とは名ばかりの存在で、会社の事実的権力者は経営者(わけても社長や会長という実力トップ)でありました。これが「具体的秩序」だったのです。

会社法の「タテマエ」は、株主が経営者を選任して委任するというものだったのですが、「ホンネ」では株主の意向があまり反映されなかったのです。

ところが、昨今は「持ち合い比率」は15%程度と大きく低下しています。
また、コーポレートガバナンスコードが導入されたのをきっかけに社外取締役が選任されるようになりました。

さらに、昨今の日経新聞等によると、生保のような大口株主は社外取締役に聞き取り調査を行ったり関係の深い会社からの社外取締役選任を否決するという姿勢を示しているそうです。イエスマンの社外取締役をお飾りに置いておくのでは済まされなくなっています。

これは世界的な潮流のようで、経営者というのは株主から委任を受けて経営の任に当たる受任者であるという「抽象的秩序」が「具体的秩序」を大変な勢いで駆逐しつつあるのです。

経営者自身、いつまでも「具体的秩序」に頼っていると痛い目にあいかねません。

そもそも明治維新は、日本の旧態然たる「具体的秩序」の上に西欧流の「抽象的秩序」を無理やり押し付けるプロセスでした。鹿鳴館などはその代表例だったのでしょう。
もっとも、当時の「抽象的秩序」はあくまでタテマエに過ぎず、ほとんどの日本人は旧態然たる生き方を続けていました。

敗戦によって一気に「抽象的秩序」が具現化されたことは、新憲法に基づく様々な法改正がなされたという事実が如実に物語っています。

それまでは結婚するのに家長の承諾が必要だったことを考えると、今はずいぶん変わったということを実感としてご理解いただけるでしょう。戦前は、妻は財産すら持てなかったのです。

とはいえ、今日でも様々な場面で「具体的秩序」は生き続けています。
職場や集団での「先輩、後輩」というインフォーマルな「具体的秩序」は、「上司、部下」というフォーマルな「抽象的秩序」よりも強固だったりします。

ママ友仲間でも「新入り」の肩身が狭いのは、集団の中の「後輩」という「具体的秩序」の最下層にいるからです。
このような日本社会特有のインフォーマルな「具体的秩序」は、おそらく今後も影響力が弱まることがあっても脈々と生き続けるでしょう。

しかしながら、グローバルな展開を図らなければならない領域では(敗戦によってパラダイムが大転換したように)「具体的秩序」で物事を動かすことはできなくなりました。海外の企業や投資家にとって重要なのは正式な権限や上下関係であって、「先輩、後輩」などというインフォーマルな関係は全く意味がないのです。

小さな地域で営む中小企業はともかくとして、グローバルに展開する企業にとって、名実ともに「抽象的秩序」である法律等のルールをベースとした組織にしないと世界から相手にされなくなってしまいます。
デフォルトを繰り返しながらも事業を継続している中国企業を私たちが不気味なものと感じるように、「具体的秩序」で運営されている会社は海外から相手にされなくなってしまいます。

敵対的企業買収に対抗するための新株発行に関して、2005年の東京高裁は、グリーンメイラー、焦土化経営、高額資産の売却処分等を防止する「正当な目的」であれば認められると判断しました。今から考えると、会社経営者にとって大甘な判断です。

おそらく、今後は裁判所でも株式買収がより容易になる判断が下されることになるでしょう。
いかなる主観目的であろうと、結果として企業価値が向上するのであれば(少なくとも毀損されなければ)経済原則に則って企業買収をすることは容認されるでしょう。

なぜなら、企業価値という尺度こそがグローバルなルールである「抽象的秩序」に合致するからです。

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荘司 雅彦
幻冬舎
2016-05-28

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年1月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。

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