袋地の通行権と水辺の通行権は違う⁉︎

2017年01月24日 06:00
囲ぎょう地 写真AC

※写真はイメージです(写真ACより:編集部)

民法210条は「他人の土地に囲まれて公道に通じない土地の所有者は、公道に至るため、その土地を囲んでいる他の土地を通行することができる」と規定しています。囲繞地通行権とか袋地通行権と言われている権利です。

なぜこのような権利が存在するかというと、民法が「所有権の限界」の節の第2款「相隣関係」の中に210条を入れていることから、袋地と隣接する土地所有権に伴う当然の制限と位置づけられています。

ぶっちゃけて言えば、「所有権と言っても絶対的で無制限なものじゃない!隣地が公道に通じていない場合は通行を甘受する義務があるんだ」ということです。
実際上も、通行権がなければ袋地は経済的に無価値になってしまい、社会全体の利益が大きく損なわれてしまいますよね。

しかしながら、その土地が公道に通じていれば囲繞地通行権は発生しません。

例えば、AさんとBさんが共に北海道辺りに広大な土地を所有しており、Aさんの家から公道に出るのに車で1時間かかるとしましょう。もし、Bさんの土地を通れば10分で公道に出ることができたとしても、Aさんは遠回りをしなければならないのです。

Aさんが毎日車で一時間遠回りすることで発生する費用(コスト)が年間300万円で甚大な排気ガスを排出するとすれば、Bさんの土地を通行する権利を認めたほうがAさんだけでなく社会全体の利益にも合致しそうですよね。

しかしながら、Bさんにもプライバシーの権利があります。他人が勝手に自分の所有地に入ることを甘受せざるを得ないのは多大な損害でありましょう。

Bさんとしては「自分の土地を通った方が便利な場所に家を建てたのはAさんの勝手だろ。不便でしょうがないなら、Aさんは自分の土地の別の場所に家を移転すればいいじゃないか!」と主張するでしょうし、その主張はもっともです。

ところが、アメリカの州によっては、湖岸や海岸の場合は回り道をしなくとも他人の土地を通って近道をしてもよいとされているようです。

海岸や湖岸の土地の所有者としては、「回り道をしても公道に出ろよ。海岸や湖岸とはいえ私の私有地だ。ましてや、海岸や湖岸では水着や裸でいる場合があるからプライバシーの侵害は甚大だ!」と言いたくなりますよね。

なぜ、湖岸や海岸だけを特別扱いしているのでしょうか?
これは、歴史的に「水」がすべての人の共有財産だったことに由来するそうです。
砂漠の中のオアシスが私的所有物で、莫大なお金を払わなければ利用できないとしたら大変なことになりますよね。おそらく、オアシスの「水」はすべての人の共有財産なのでしょう。

「水」が共有財産だとしても、水辺に近づくことができなければ意味がありません。
そういうことで、水辺への侵入や通行はプライバシーよりも優先する場合があるのです。

日本では、海岸法7条1項で、海岸を占有しようとする場合は管理者(国や自治体)の許可が必要とされています。私的所有権が認められないので、厳密な意味でのプライベートビーチは存在しません。一時期、沖縄県で囲い込み競争のようなものが起きたため条例で規制されたと記憶してます。

では、すべての人の共有財産であるはずの海に漁業権が設定され、一般人の漁業活動が禁止されているのは何故でしょう?
これは、水産資源保護のため乱獲を防止することを目的としています。場所によりますが、漁業権を20万円くらいで買った人もいるようです(しかも、そのお金は払い戻してくれるそうです)。

乱獲が起こると「コモンズ(共有地)の悲劇」が発生し、資源が消滅して全員が損をするという結果になってしまいます。


編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年1月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。

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