トランプの「ジャクソン主義」について

2017年02月05日 11:00
トランプ Facebook

トランプ氏公式Facebookより(編集部)

トランプ大統領については、「ポピュリズム」「内向き志向」「孤立主義」などのネガティブな単語で、その政治傾向を特徴づけるやり方が一般的であるように見える。確かに、トランプ大統領を「リベラル/保守」のような既存のイデオロギー体系にあてはめて捉えるやり方は、要領を得ない。だがトランプという人物の特異性のみを強調する姿勢は、決して分析的な態度とは言えない。

大統領が時代の政治思想を代表する度合いが強いアメリカでは、大統領のような有力政治家の名前になぞらえて政治思想の傾向を表現するやり方が一般的によく見られる。私自身は、早い段階でトランプはアンドリュー・ジャクソンと重ね合わせるのが当然だと言ってきたが(拙稿:現代ビジネス)、日本国内で尊敬するアメリカ憲法思想史の権威であるA先生ともその点で意気投合したことが自信にはなっている。そう思っていたら、『Foreign Affairs』のウェブサイトにおいてウォルター・ラッセル・ミード(Walter Russell Mead)が『The Jacksonian Revolt』という文章を投稿しているのを発見した。

ミードは『Foreign Affairs』なども含めて活発な著述活動を行っている有名人で、著作の邦訳では『神と黄金―イギリス、アメリカはなぜ近現代世界を支配できたのか』(青灯社、2014年)という興味深い書もある。ミードはその歯切れのよい文章で、まずグローバリストのアメリカ外交政策の伝統として経済重視の「ハミルトン主義」(「建国の父」の一人であるアレクサンダー・ハミルトンが想起されるのはオバマの経済政策の説明などでハミルトンの名前が援用されたりしたからだろう)と価値重視の「ウィルソン主義」(国際連盟の生みの親であるウッドロー・ウィルソンの伝統)を描写する。その上で、第二次世界大戦よりも前の伝統としては、「ジェファーソン主義」と「ジャクソン主義」があったことを指摘する。

独立宣言の起草者として名高いトマス・ジェファーソンの名前が参照されるのは、対外的な関与の度合いを慎重に控えめに計算していく外交政策の伝統についてである。これに対して「ジャクソニアン・デモクラシー」運動とともに歴史に刻まれている第7代合衆国大統領アンドリュー・ジャクソンは、国内の大衆運動と連動した政治思想を代表する。ミードは、トランプが体現しているのは、「ジャクソン主義」のアメリカの政治思想の伝統であると診断するわけである。

ミードによれば、「ジャクソン主義」の特徴は、エスタブリシュメント層や啓蒙的知識人層ではなく、アメリカ人民の国民国家を基盤にしている点にある。「ジャクソン主義」にしたがえば、アメリカの例外主義とは、普遍的な価値のアピールではなく、アメリカ市民個々人の平等と尊厳への並外れたコミットメントによって、特徴づけられるものである。「ジャクソン主義」によれば、合衆国政府の役割は、国内のアメリカ人民の物理的な安全と経済的な安寧を世話することによって、国家の運命を成就させることにある。

確かに日本の高校の教科書を読めば、19世紀のアメリカは、「孤立主義」と定義される「モンロー主義」の時代だと書かれている。そこで日本人はせっせと高校の教科書を丸暗記し、「伝統的なアメリカの外交政策」=「モンロー主義」=「孤立主義」=「弱くて牧歌的で内向きのアメリカ」と覚えていく。日本社会の恐ろしい特徴の一つだが、10代に受験勉強で覚えた知識を絶対真理として振りかざす人々があまりに多い。私よりも相当に年上のかなり年配の方でも、高校時代に覚えた世界史の教科書を思い出しながら、アメリカの歴史を語るような人が多い。<もっともこの問題は根が深い問題ではある。1930年代にヒトラーは「ドイツのモンロー主義」を語り、大日本帝国時代の日本人は「東アジアのモンロー主義」を語っていたことは、日本ではあまりよく検討されていない問題だ。>

しかし「モンロー・ドクトリン」時代のアメリカが、特にその「ジャクソン主義」部分が、およそ「孤立主義」といった単語で表現するべきものではないことは、私は繰り返し述べてきたことだ。「孤立」とは、ヨーロッパ中心主義の視点に立った場合に初めて意味を持つ捉え方であり、つまり当時のアメリカがヨーロッパの勢力均衡外交に沿ったヨーロッパ諸国の同盟政策には加担しない宣言をした、ということを指すだけだ。アメリカが「孤立主義」外交を取っていた、というのは、第一次世界大戦後のヨーロッパ人が国際連盟に加入しなかったアメリカを揶揄する際に用いた言い方だと言ってよい。仮に19世紀のアメリカが「孤立主義」的だったとすれば、それは19世紀に国力の絶頂期にあった大英帝国のイギリスが、ヨーロッパ大陸諸国と同盟を結ばない「栄光ある孤立」政策をとっていたと描写する場合と、基本的には同じ意味においてであろう。

18世紀にわずか人口200万人程度の大西洋岸の狭い地域に住む人々の寄せ集めでしかなかったアメリカ合衆国は、ヨーロッパ列強による西半球「新世界」への介入を拒絶する「モンロー大統領の宣言」を出した19世紀前半には、すでに急速な拡張を開始していた。ネイティブ・インディアンを虐殺し、強制移住させ、開拓者を入植させ、ヨーロッパ諸国から領土を次々と獲得し、1848年にメキシコに戦争を仕掛けてテキサス、ニューメキシコ、カリフォルニアなどの南部諸州を割譲させた。日本に黒船を送ったのはその直後だが、南北戦争から反乱を起こした南部諸州を軍事占領統治した時代の後には、さらに太平洋に進出し、ハワイなどを併合し、フィリピンを植民地化した。

これらはすべて「明白な運命(Manifest Destiny)」論と呼ばれる特異なアメリカ例外主義思想を基盤にした一連の流れと考えるべきものであり、その背景には「ジャクソン主義」が存在している。ちなみに「ジャクソニアン」といった言い方は、アメリカの政治思想の専門書では普通に使う言葉であり、ミードの発明ではない。カルフォルニア獲得までは「孤立主義」のアメリカだが、フィリピン植民地化は「帝国主義」のアメリカだ、といった区分けは、アメリカ政治思想の伝統それ自体に即した言い方ではない。<ちなみに日本では政治思想や法思想の学会が戦前からの極度なヨーロッパ中心主義の伝統を持っており、欧米中心主義的ですらない、つまりアメリカの政治思想の研究はほとんど行われていない。>

ただし「ジャクソン主義」の本質は領土の拡張ではなく、トランプ大統領が領土拡張政策をとるということではない。ただアメリカの伝統的な価値観に基づいた「一般大衆」を基盤にした苛烈な政策をとると言う点において、「ジャクソン主義」の色が見られるということだ。

トランプ大統領が得意な政治思想を持ち、大胆な政策をとるだろうことは、われわれにとって大きな問題だ。しかしそれを彼個人の嗜好性にだけ還元することは、危険である。少なくとも分析をする際には、ヨーロッパ中心主義的な色眼鏡を捨てて、アメリカの政治思想それ自体の伝統を思い直してみたりする態度が必要だ。


編集部より:このブログは篠田英朗・東京外国語大学教授の公式ブログ『「平和構築」を専門にする国際政治学者』2017年2月5日の記事を転載させていただきました。転載を快諾いただいた篠田氏に心より感謝いたします。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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