「正男暗殺」の次は「正恩暗殺」?

金正男氏の暗殺事件を捜査中のマレーシア警察当局は19日、事件発生後、初めて記者会見を開き、これまでの捜査結果などについて発表した。その情報をもとに、「正男氏暗殺事件」の時間的推移を再現してみた。

マレーシア警察の発表から「正男氏暗殺事件」が北朝鮮の対外工作機関「偵察総局」が主導した犯罪だったことがほぼ確認できた。そこで発表されたデーターから事件がどのように実行に移されていったかを考える。

先ず、偵察総局から最初にマレーシア入りした人物は32歳のホン・ソンハク容疑者で、先月31日に入国した。この事実は、北側が正男氏のマカオ帰国の飛行機便の日時(今月13日)を先月下旬ごろ、入手していたことを示唆している。金正恩朝鮮労働党委員長の父・故金正日党総書記の誕生日(2月16日)が近かったことから、正男氏の暗殺計画がその日に合わせて実行された可能性も排除できなくなる。

ホン容疑者の後、3人の容疑者が次々とマレーシア入りした。先ず、リ・ジェナム容疑者(57)が今月1日に、同月4日にリ・ジヒョン容疑者、そして最後にオ・ジョンギル容疑者(54)が入国した。このマレーシア入りの順序から判断すると、ホン容疑者が正男氏マカオ帰国情報の信頼性をチェックした後、その直接責任者のリ・ジェナム容疑者がマレーシア入り。そして正男氏のマカオ帰国日程が信頼できるとして「正男氏暗殺計画」の許可を金正恩氏に求めた。そしてOKが出たことを伝えるためにマレーシア入りした3人の容疑者に伝えたのがオ容疑者だったはずだ。すなわち、先月下旬に正男氏マカオ帰国日程を入手し、今月7日、金正恩委員長から暗殺許可が出るまで1週間余りの時間しか経過していないわけだ。

不明な点は、正男氏を実際暗殺したベトナム人とインドネシア人の国籍を有する2人の女性の動向だ。2人はそれぞれ今月2日と4日に旅行目的でマレーシア入りした。その2人が4人の北工作員と接触したのは遅くとも今月10日前後と予想できる。2人の女性の証言によれば、13日の実行日の前日、クアラルンプール国際空港内でリハーサルを実施したという。一部の情報では、女性はマレーシア入り前に北側から既に何らかのオファー(香水の広告ビデオ撮り)を受けていたという。これが事実とすれば、北の正男氏暗殺計画が1月末から2月初めには既に準備されていた、ということになる。

暗殺は毒物によるものだった。その毒物の準備や4人の北容疑者の宿泊地などを手配していたのが、17日夜逮捕された最初の北国籍容疑者、リ・ジョンチョル容疑者(46)だろう。犯行後、4人は即出国したが、リ容疑者はマレーシアに家庭を持っていることもあって留まった(北は不法工作活動に現地駐在の同国人を動員したわけだ)。

事件の推移で不明な点は、4人の北容疑者と2人の女性との最初の接触だ。さまざまな証言が出ているが、誰が異国の2人の女性を正男氏暗殺の実行犯にする計画を立案したのか。正男氏マカオ帰国情報から暗殺方法、2人の女性の関与など誰が計画したのか。逮捕された唯一の北のリ・ジョンチョル容疑者から聞き出す以外に、もはやその答えを得る道がない。

次に、北に帰国したという4人の工作員の運命だ。北側は「正男氏暗殺事件」の実行犯だという国際社会の批判に対し当然否定するだろう。そうなれば、北に帰国した4人の容疑者は遅かれ早かれ処刑される運命にある。金正恩氏の親族暗殺者が国内にいるという状況は正恩氏にとって快いものではない。国際社会の追及が激しくなる前に4人を何らかの理由で処刑するとみて間違いない。

ところで、4人の容疑者は13日、マレーシアを出国し、3カ国経由で17日ごろ平壌に帰国済みというが、誰が確認したのか。ドバイから突然北京に入っているかもしれないし、ウラジオストックから平壌ではなく、第3国に渡っているかもしれないのだ。

マレーシアの「正男氏暗殺」計画は北側の工作活動としては余りにも杜撰だった。①5人の北容疑者の名前と顔が明らかになってしまった、②1人の北の容疑者が逮捕された、③2人の異国女性の動向が予想できない。捜査次第では大きな爆弾が破裂するような内容が飛び出すかもしれない。正男氏を暗殺したが、国際社会に「北の犯罪」を改めて鮮明に明らかにしてしまった。その上、これまで良好な関係だったマレーシアとの外交関係が今回の事件で険悪化するかもしれない(マレーシア外務省は20日、駐北朝鮮大使を召還すると表明)。

金正恩氏は叔父・張成沢氏を処刑し、今度は異母兄・金正男氏を暗殺した。正恩氏の権力基盤が一層安定するだろうという予想は残念ながら当たっていない。「金正男氏暗殺」の次は「金正恩氏暗殺」という声が出てくるからだ。

当方は「米中特殊部隊の『金正恩暗殺』争い」(2016年4月6日参考)を書いたが、金正恩氏も自身の名が暗殺リストのトップにあることをくれぐれも忘れてはならない。実際、韓国の聯合ニュースは昨年6月17日、金正恩氏の死亡ニュースを流したことがある(「金正恩氏が何度も死亡する理由」2016年6月21日参考)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年2月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。