北の工作員が我が家にかけてきた“モーニング・コール”

長谷川 良

当方は最近、朝3時45分ごろに起床し、夜は9時前には床に就くという日課で過ごしている。日曜日だけは、朝6時頃までベットにいるつもりだが、習慣で3時頃には目を覚ますことが多い。

ところで、1990年代初め、当方の自宅の電話が朝7時になると、必ずベルが鳴る時期があった。最初は「誰だろう、こんな朝早く」と思いながら受話器を取り、「ハロー」というと、電話先の相手から何の返事もなく、しばらくして切れる。

「誰だったのかしら」と家人は不安げにいう。
「多分、あなたが『ハロー』といったので相手はビックリしたのよ。日本語でおはようとか答えれば、相手も安心して話し出すかもしれないわ」

要するに、朝7時に当方宅に電話を入れるのは日本からに違いない。「ハロー」という外国人のような声が聞こえたので、相手側は慌てて電話を切った、というのが妻の推測だった。日本の親戚がウィーンに電話したが、相手が「ハロー」と答えたので、びっくりした、ということを妻は親戚から後日聞いていたからだ。

2回目以後、当方は受話器を取ると直ぐに、「ハロー」と「こんにちわ」の2つで挨拶したが、結果は同じだった。3回目が過ぎた後は事実は明らかになった。相手は当方に嫌がらせするために電話しているのだ。

それ以後、朝7時に電話が鳴ると、家人は神経質となった。当方は「誰ですか、用件があれば言ってください」と、もちろん、英語、日本語で答えたが無駄だった。

朝の電話が駐オーストリアの北大使館の工作員からの電話だと後で分かった。声を潜めている雰囲気が電話口から伝わってきたのだ。約1カ月ほど朝7時の電話は続いたが、それ以降、プツッと止まった。

当方は当時、北朝鮮唯一の欧州直営銀行「金星銀行」(ゴールデン・スター・バンク)を取材していた。そして同銀行が北の欧州工作の拠点であり、中東へのミサイル輸出や偽造米紙幣工作の中心であることを報じてきた。オーストリアの日刊紙「クリア」が1面トップで駐オーストリアの北ビジネスマンがドイツ・ミュンヘンのメーカーから紙幣鑑定機を密かに購入していると報道したことがある。同記事は通信社を通じて世界に配信された。「クリア」紙の特報ニュースとなったが、その情報源は当方だった。北のビジネスマンは当方の事務所に電話をかけ、「お前がクリアに流しただろう」と脅迫してきた。その後、北からのモーニング・コールが始まった。

「金星銀行」の業務内容や偽造紙幣(スーパードラー)について報じる度に、北からは妨害があった。当方がチェコのイジー・ディーンストビール外相と会見のためプラハに電車で行った時も3人の北工作員(男1人、女性2人)がウィーン駅からついてきたことはこのコラム欄でも紹介済みだ。幸い、当方がプラハ駅から夜行電車でウィーンに戻る時、プラハを訪れていた知人ジャーナリストと会い、一緒にウィーンに戻ったため、無事、何事もなく、ウィーンに戻ることが出来た。もし、プラハ中央駅で知人ジャーナリストと会っていなかったなら、どうなっていたか分からない。

欧州の北取材でよき思い出といえば、故金日成主席の心臓手術をした心臓外科医がフランス・リヨン大学附属病院の医者だったことを突き止め、報じた時だ。フランス通信(AFP)が「わが国の医者が金日成主席の手術をした」と当方の記事を世界に配信してくれた。イタリアが当時の先進7カ国(G7)の中で先駆けて北と国交を樹立するというニュースは特ダネだった。これが北取材の「光」の部分とすれば、北のモーニング・コール、北工作員からの追跡、脅迫などは「闇」の部分に当たるだろう。

マレーシアのクアラルンプール国際空港で「金正男氏暗殺事件」が起きたが、正男氏がウィーンを訪問した時、暗殺情報が流れたことがあった。その確認のためにオーストリア内務省、北大使館などを慌ただしく取材したことも今となっては思い出だ。

「金正男氏暗殺事件」発生から17日間連続、北関係のコラムを書いてきた。そろそろ別のテーマが待っているので、大きな変化がない限り、北関連コラムは一休みする。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年3月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。