韓国経済 大崩壊の全内幕
辺 真一
宝島社
2017-03-10

 

筆者はいわゆる“嫌韓本”の類は読まないが、本書は専門家やジャーナリストの手によるそれなりにバランスのとれた一冊なので手に取ってみた次第(タイトルはやや釣り気味)。ちなみに嫌韓本との見分け方は簡単で、たいていその手の本の著者というのは並行して「日本スゴイ本」も出してるのでそれを目安にするといい。バカをおだてて小銭巻き上げるのもバカの嫌いな相手の悪口を売りつけるのも、ビジネスモデル的には同じものだ。“バカ”じゃない人はどちらにも手を出さない方が無難だろう。

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※画像はイメージです

さて、筆者が韓国という国に興味を持ったのは、例の朴槿恵弾劾の一連の騒動が理由だ。100万人規模のデモや支持率1%未満という数字は普通の先進国ではちょっと想像できない。はっきりいうがデモなんてよほど現状に不満がないと誰もやらないものだ。選挙権すらないのに海外旅行で爆買いにいそしむのに忙しい中国人を見ればそれは明らかだろう。いったい韓国人の抱える不満とは何なのか。多様な側面から光を当てるのが本書だ。

財閥支配による社会の歪みと、そうまでして育ててきた財閥経営の行き詰まり。セウォル号事件や鳥インフル拡散を阻止できない役所の体質。そして、日本の就職氷河期が可愛らしく思えるほどの超・就職氷河期。誰でも一度は耳にしたことがあるであろう隣国のリアルな現実がこれでもかというほど並ぶ。

産経新聞の加藤論説委員(一時拘留されていた人)のエピソードはなかなか強烈だ。近所のパン屋にやたら英語の流暢な店員がいて、聞けば高麗大卒で留学経験もあるが就職浪人中であり、時給400円ほどでバイトをしているのだという。筆者には就職氷河期の底である2000年前後であっても、留学経験のある東大生が就職出来ないという状況はちょっと想像できない。

そりゃ何かお上がやらかしたら右も左もなくとりあえずみんなデモに繰り出しますって。

では、その行きづまりの原因は何なのか。本書を通じて筆者が強く感じたのは「韓国の経済、社会にみられる日本の強い影響と、それを消化しきれていない悪酔い感覚」だ。たとえば、韓国の財閥が日本のものをお手本に形成されたものであることは有名だが、社会におけるありようは大きく異なっている。

日本ではすでに資本と経営は分離し、財閥や創業家はお飾りみたいな存在であり、創業家が残っている場合でも厳しいガバナンスにより透明性は確保されている。でも韓国は全然違って、現代やロッテのような巨大グループの経営ポストが子供たちに分配され、後からお家騒動なんかも起こったりする。なんだか戦国大名みたいな話だ。

ちなみに今年破綻して話題となった韓進海運の会長は経営経験皆無の主婦だったが夫である会長の死去に伴い会長就任したっていうんだからすごい。おんな城主直虎みたいだ(見てないけど)。

「それは経営層が腐ってるからだろう」と思う人もいるかもしれないが、腐りっぷりなら労組も負けてはいない。韓国は日本と同じ職能給が一般的で人事制度もよく似ており、労働市場の流動性も高くない。

 

サムスンの戦略人事―知られざる競争力の真実
李 炳夏
日本経済新聞出版社
2012-08-23

 

こういう環境では労使で協調して業績拡大を最優先するのが合理的だと思うのだが、なぜか韓国では労使対立がお盛んで、現代自動車労組なんて毎年のようにストを打ち、経営を圧迫し続けている。

彼ら労組は会社の将来などに関心が薄く、自分たちの取り分が増えればいいという発想しかありません。たとえば何年か前の交渉では「Wi-Fiを事業所の隅々まで設置しろ」との要求を出して実現させましたが、その結果何が起きたかというと、従業員が仕事もそこそこスマホでの株取引に夢中になるようになっていました。

さらには、現代自動車をはじめとする大企業の中には、勤続年数の長い社員の子どもを優先的に採用することを労使協約で取り決めているところもあるというから凄い。確かに日本の大企業労組も経営と組んで下請けからガッツリ搾り取ってるところはよくあるけれども、所詮は一代限りのこと。世襲までしちゃったらホントの貴族である。

筆者は国際比較なんかをする際に「国民性の違い」を理由にするのが嫌いなのだが、こと韓国については、国民性の違いが大きいように思えてならない。いや韓国が、というよりは、日本型のタコツボ型ムラ社会組織をうまく運営して看板だけ民主主義国家の中で当たり障りなく共存していけるのは、日本人にしかできない芸当なのかもしれない。

さて、「韓国ざまぁwww」だけで終わるのは知恵が足りない人だ。日本によく似ている以上、やはり共通の課題もそこには存在する。韓国経済新聞は、韓国の労働市場は、上位10%の「大企業の正社員」を頂点とし、その半分の賃金水準の「中小企業の正社員」、3割ほどしかもらえない「中小企業の非正社員」といった具合にいくつかの身分から構成されるカースト制度であるとする。

これ、筆者が常々言っている「日本は終身雇用の守られる大企業・公務員の2階部分と、それを下支えさせられるだけの中小・非正規といった1階の二重構造なんだぞ、」という意見と完全に同じである。

そして、これに対するOECDの見解も日本に対するものと等しい。

2016年10月m韓国のOECD加入20周年の祝賀会へ出席するために訪韓したグリア事務総長は、ソウル市内のホテルで雇用労働省長官と会談し、「韓国経済を生かすには労働改革を行うべき」と発言。賃金体系を先進国型の成果型賃金体系へ改革する必要性を唱えながら「韓国は正規職と非正規職間、大企業と中小企業間の格差が世界的にも顕著である、OECDとともにこの問題を早急に解決していく必要がある」と勧告した。

OECD事務総長が特定国の雇用市場の問題に直接的に踏み込んで言及するのは極めて異例だ。中央日報は翌日の記事で「労働改革できなければ韓国経済に希望はない OECD事務総長の忠告」と題する記事を一面に掲載した。

※ちなみに日本に対する勧告はコチラ

で、こういう海外からの格差是正のためのありがたい直言を、「実際は大企業労組とべったりな左派が黙殺する」という点も、やはり日本と同じである。

先のOECD事務総長のセリフ内の「韓国」を「日本」に置き換えてもそのまま通用するほど、労働市場改革は両国にとって喫緊の課題である。少なくとも日本には、韓国を笑ってあぐらをかいているほどの余裕はないだろうというのが筆者の意見だ。


編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’s Labo」2017年5月2日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。