内山 直 著『幸せの確率』

2017年05月21日 12:00

ちょっと風変わりな本の書評を。

内山 直 著『幸せの確率』(2017・セルバ出版)

「風変わり」といっても、著者はきっとお怒りにはならないだろうと思う。たしかに現在の日本に、著者が持っているような考え方や生き方は普及していないのだから。それだけにこの本には、2017年の日本に生まれてきた意味が十分にあったということになる。

しかし風変わりと言うよりもユニークな本といった方がいいかもしれない。いったいどのジャンルに入れてよいのかが、よくわからない本。わたしも何度か読み返していて、その都度いろんな読み方ができることを発見できて楽しい。

さて、そもそもこのタイトル

『幸せの確率』

にしてからが、これだけではどんな本なのか、皆目わからないようにできている。サブタイトルの

『あなたにもできる!アーリーリタイアのすすめ』

ここまできて、やっとどういう本かおぼろげながらも見当がついてくる。著者内山氏は現在40代後半の男性。いまから一年とすこし前に、みずから経営していた医院を退いてアーリーリタイアした皮膚科の元医師。大雑把に言うと、そのアーリーリタイアに至る過程と、その準備と、その理論が述べられている。そういった意味では、ノウハウ本であり、著者みずからの小伝であるともいえる。

しかしこの本、「こういった方法を選択実行すればアーリーリタイアができるのですよ」という本かというと、ほとんどそうではない。たしかにそういう部分も多いのだが、やや強引に切り取って引用すると、以下のような幸福についての議論がたくさん見つかる。

・・・たとえあなたが自主性や愛情に溢れた素晴らしい人だとしても、それを他人が簡単にうかがい知ることはできませんが、もし、高価なブランドの品をいくつも持っていたら、金回りがいいようだと容易に判断してくれることでしょう。
つまり、非地位財よりも地位財のほうが、客観的評価を得やすい分、異性の獲得に有利に働くわけです。極端に言えば、あなたの遺伝子(本能と言ってもいいでしょう)が欲しているのは、あなたがある程度生き延びることと、子孫を残すことであって、あなたの生涯が幸せかどうかなど、知ったことではないのです。
・・・・・・45p

現代の日常生活の中で、人と知り合って最初に聞かれるのは、多くの場合、仕事の内容でしょう。名前よりも先に聞かれることさえあるくらいです。そのような生活環境にいれば、職種や地位に過度のアイデンティティを置いてしまう気持ちもわかります。
しかし、逆にその重要さゆえ、仕事は真の幸福を見誤らせる、危険な落とし穴になりかねないのです。
・・・・・・63p

そして中年の危機にある人にとっては、示唆に満ちた散文詩。

2014年、4月のある夜。
夢の中で私は、65歳の老人になっていて、明日の朝はもう目覚めることがないことを、すなわち、その夜眠りについてから翌朝までの、どこかの時点で死んでいくことを、どういうわけか、はっきりと自覚していた。
・・・・・・12p

また、そうは思っていても、著名人にはなかなか口にできないような内容の経済的社会論。

著者本人(評者註:ピケティのこと)を含め、多くの人は、弱者に逆転のチャンスがないなんてアンフェアだ、という感想をもつことでしょう。しかし、そこで思考停止に陥り、資産家の子供に生まれなかった我が身の不運を嘆いてもしかたがありません。
もしピケティの予言するとおり、r>gの状態が今後も続くと思うのであれば、自分自身の努力によって、さっさとrの側、すなわち所有する資本の収益で潤う側に回ってしまえばいいのです。
・・・・・・34p

比較的若い年齢でのアーリーリタイアでは、不確定要素の多い年金はあまり当てにせず、予期せぬ事態に備えたのりしろにするというくらいの気概がないと、経済的な不安を払しょくするのが難しくなります。
・・・・・・155p

あるいは投資活動というものについて、リスク回避が第一ながらも、思考としてはいたって攻略的な見通し。

資本主義が崩壊する可能性が無視できないと考えるのであれば、ある程度のタイミング売買は、より多くの利益を追求するためではなく、そのような局面でも最低限の利益を得るために必要な、手堅い投資行動ということになるかもしれないのです。
・・・・・・109p

ひっくるめて言えば、「心」と「資産」をどうやって確立させ、その上で、みずからの本心と向き合うだけの余裕がどれだけ大事か、ということを訴えている。そのようにわたしは受けとめた。「心」と「資産」のどちらかだけの本なら、信じられないほどたくさん出版されている。しかし両方の本はどれだけあるだろう。

また、現代の日本人にとって経済的独立とは何か、精神的独立とは何か、という問いを投げかけている本だとも言える。こういった見方からすれば、「アーリーリタイアなど考えたことはない」という人にこそ、この本は効能があるのかもしれない。

しみじみと伝わってくるのは、著者にとってはアーリーリタイアがゴールではなくて、スタートだった、ということだ。居所はほとんど動かれないまでも、後半生、何か漫遊か冒険にでも出発するような。

現在一家は5人のご家族だという。その5人はそれぞれ年々歳を重ねてゆく。そうする内に、また著者は何かを考えて何かを変革し、また著作に励むのではあるまいか。現在進行形のブログとともに、なかなか目が離せないのである。

(ところでこのページには、アマゾンの小窓を貼りませんでした。もしよろしければ、著者のブログ、たとえば、
http://earlyretire47.blog.fc2.com/blog-entry-137.html
あたりなどを覗いてみて、面白そうだ、と思われたのなら、そのページにある小窓からの購入はどうでしょうか。著者内山さんとはまったく面識がありませんが、著書に触れているあいだに、ちょっと応援させていただきたくなりました。)

2017/05/21 若井 朝彦
内山 直 著『幸せの確率』

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